マイルス・デイヴィス『ビッチェズ・ブリュー』

『Bitches Brew』(ビッチェズ・ブリュー)は、Miles Davis(マイルス・デイヴィス)が1969年8月に録音し、1970年3月に発表したダブルアルバムであり、ジャズの歴史を大きく変えた作品です。
『Bitches Brew』のコンセプト
マイルスの狙いは、従来のジャズの枠組みを超え、ロックのリズムやエネルギーをジャズ・インプロヴィゼーションに注入することでした[1][2][9]。彼は「ロックとジャズの融合(ジャズ・ロック)」という単純な枠に収まらない、より広範な音楽的冒険を目指していました[2][7]。
このアルバムの制作にあたって、マイルスはミュージシャンたちに詳細な譜面や構成を与えず、テンポやムード、いくつかのコードやメロディの断片だけを提示し、即興と相互のコミュニケーションに委ねました[1][3][8]。その結果、従来のジャズの構造を解体し、長尺で有機的な展開を持つ楽曲が生まれました。
音楽性・サウンドの特徴
エレクトリック化と複数リズム隊
『ビッチェズ・ブリュー』は、エレクトリック・ピアノ(フェンダー・ローズ)、エレクトリック・ギター、エレクトリック・ベースを大々的に導入し、2人のピアニスト、2人のベーシスト、2~3人のドラマー/パーカッショニストという異例の編成を採用しています[1][3][8]。これにより、厚みと重層感、そしてグルーヴ感の強いサウンドが生まれました。
即興と編集の融合
録音は3日間で行われ、すべてライブ録音、オーバーダビングなしで進められました[6][8]。その後、プロデューサーのテオ・マセロ(Teo Macero)がテープ編集やエフェクト処理(テープループ、リバーブ、エコーなど)を駆使し、複数のテイクや断片をつなぎ合わせて一つの楽曲に仕上げました[8][9][10]。この「スタジオを楽器として使う」手法は、後の音楽制作にも大きな影響を与えました。
多様な音楽的要素
ジャズ、ロック、ファンク、アフリカ音楽、クラシック、電子音楽など、さまざまな要素が混在しています79。モーダルな和声、循環するオスティナート、自由なソロ、時に不協和音的な響き、そして「ジャム」のような即興性が特徴です。特に「Pharaoh’s Dance」「Bitches Brew」などは、編集による断片的な構成と、即興演奏のダイナミズムが共存しています[7][8]。
参加ミュージシャン
『ビッチェズ・ブリュー』には、当時の若手精鋭とベテランが集結しました。主な参加者は以下の通りです[2][3][5][6][8][9]。
- マイルス・デイヴィス(Miles Davis):トランペット
- ウェイン・ショーター(Wayne Shorter):ソプラノサックス
- チック・コリア(Chick Corea):エレクトリック・ピアノ
- ジョー・ザヴィヌル(Joe Zawinul):エレクトリック・ピアノ
- ラリー・ヤング(Larry Young):エレクトリック・ピアノ
- ジョン・マクラフリン(John McLaughlin):エレクトリック・ギター
- デイヴ・ホランド(Dave Holland):ベース
- ハーヴィー・ブルックス(Harvey Brooks):エレクトリック・ベース
- ジャック・ディジョネット(Jack DeJohnette):ドラム
- レニー・ホワイト(Lenny White):ドラム
- ドン・アライアス(Don Alias):パーカッション
- ジュマ・サントス(Juma Santos):パーカッション
- ベニー・モウピン(Bennie Maupin):バスクラリネット

制作時のエピソード
録音はニューヨークのコロンビア・スタジオBで、1969年8月19~21日に行われました[8]。ミュージシャンたちは半円形に配置され、ヘッドフォンで互いの音を聴きながら、マイルスの指示に即座に反応しながら演奏しました[8]。録音中、マイルスは「Keep it tight!」と叫んだり、ソロの合図を出したりする声も音源に残っています[1][8]。
また、マイルスの妻ベティ・メイブリー(Betty Mabry)は、彼に当時のファンクやロックシーンを紹介し、音楽的・美学的な影響を与えたとされています[4][5]。
ジャケット・デザイン
アルバムカバーはドイツ出身の画家マティ・クラーワイン(Mati Klarwein)によるもので、マイルスの依頼で音源を聴いた上で描かれました[5][9]。アフリカ的、東洋的、そして異人種間のモチーフが混在し、当時の時代精神や音楽の多様性を象徴しています。クラールワインはオランダの古典画家の技法(ミッシェ技法)を用い、光沢感のある独特の質感を生み出しました[5]。タイトル「Bitches Brew」は、当初「Witches Brew」を予定していましたが、ベティの提案で変更されたと伝えられています[5][10]。

発表時の反響
1970年のリリース直後、ジャズ界では賛否両論が巻き起こりました。伝統的なジャズファンには衝撃的で「理解できない」とも受け取られましたが、若い世代やロックファンには新鮮で刺激的に映り、商業的にも成功を収めました[9][10]。発売から5年でゴールドディスク、その後プラチナディスクにも認定され、1971年にはグラミー賞(Best Large Jazz Ensemble Album)を受賞しています[6][10]。
特筆すべきこと
- 『ビッチェズ・ブリュー』は「ジャズ・フュージョン」の起点とされ、以後の多くのジャズ、ロック、エレクトロニック音楽に影響を与えました[6][9][10]。
- スタジオ編集と即興演奏の融合、エレクトリック楽器の大胆な導入、複数リズム隊による新しいグルーヴの創出は、音楽制作の新たな可能性を示しました[8][9]。
- 参加ミュージシャンたちは後にウェザー・リポート、マハヴィシュヌ・オーケストラ、リターン・トゥ・フォーエヴァーなど、フュージョンの代表的グループを結成し、それぞれの道で大きな影響力を持ちました。
- アルバムタイトルやジャケットの革新性も、音楽と同様に時代を象徴するものでした[5][9][10]。
結論
『ビッチェズ・ブリュー』は、単なる「ジャズとロックの融合」以上の、20世紀音楽の分岐点となる作品です。即興と編集、多文化的要素、そして時代精神を融合し、マイルス・デイヴィスの芸術的野心と時代の変革を象徴しています。今なお多くのリスナーやミュージシャンにインスピレーションを与え続けている、まさに「時代を超えた名盤」です。
Citations:
- https://www.gramophone.com/blog/keeping-it-tight-miles-davis-and-bitches-brew
- https://jazzviews.net/bitches-brew-fifty-years-on/
- https://jazztimes.com/features/profiles/miles-davis-and-the-making-of-bitches-brew-sorcerers-brew/
- https://www.reddit.com/r/vinyl/comments/102b3gg/miles_davis_bitches_brew_1970/
- https://musicaficionado.blog/2020/03/30/album-covers-by-mati-klarwein/
- https://www.akbanksanat.com/en/blog/50-yasinda-15-maddede-miles-davisin-bitches-brew-albumu
- https://jazztimes.com/features/profiles/miles-davis-and-the-making-of-bitches-brew-sorcerers-brew/3/
- https://en.wikipedia.org/wiki/Bitches_Brew
- https://www.milesdavis.com/albums/bitches-brew/
- https://www.thatericalper.com/2025/02/01/5-surprising-facts-about-miles-davis-bitches-brew/
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC
- https://note.com/rekishi_mimi/n/n0056205aa1aa
- https://mileskoukogaku.com/bitches-brew/
- https://www.reddit.com/r/LetsTalkMusic/comments/frvq2h/album_discussion_miles_davis_bitches_brew/
- https://lukasz.langa.pl/275c46e6-06bc-46a8-bcbd-4a8e8608d623/
- https://www.reddit.com/r/Jazz/comments/plmrb/how_did_bitches_brew_come_about/
- https://jazztimes.com/features/profiles/miles-davis-and-the-making-of-bitches-brew-sorcerers-brew/4/
- https://en.wikipedia.org/wiki/The_Complete_Bitches_Brew_Sessions
- https://www.hhv-mag.com/feature/records-revisited-miles-davis-bitches-brew-1970/?lang=en
- https://nowsthetime.middcreate.net/uncategorized/the-bitches-brew-listening-project/
- https://www.reddit.com/r/LetsTalkMusic/comments/2pvvur/lets_talk_bitches_brew/
- https://www.reddit.com/r/Jazz/comments/c9vn1j/bitches_brew_who_is_playing_and_on_which_channel/
- https://daveholland.com/recordings/miles-davis-bitches-brew/
- https://downbeat.com/news/detail/an-homage-to-bitches-brew-london-style
- https://musicaficionado.blog/2023/07/06/1970-miles-davis-part-1/
- https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/art/features/mati-klarwein-art-album-covers-bitches-brew-santana-abraxus-b619896.html