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ハービー・ハンコック『エンピリアン・アイルズ』

ハービー・ハンコック『エンピリアン・アイルズ』
ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)『エンピリアン・アイルズ』(Empyrean Isles)

Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)のアルバム『Empyrean Isles』(エンピリアン・アイルズ)は、Blue Noteレーベルから1964年に発表された、彼の4枚目のリーダー作であり、現代ジャズの重要なマイルストーンとして高く評価されています。
その音楽は、ハードバップを基軸としつつ、ソウルフルなグルーヴやモード、さらには前衛的なアプローチを融合させ、ハンコックの作曲家・ピアニストとしての独自性を堂々と示しています[1]。

『エンピリアン・アイルズ』のコンセプトとイメージ

作家のノラ・ケリー(Nora Kelly)による、ライナーノーツでの神話的なテキストは、音楽制作の「インスピレーション源」ではなく、アルバム完成後に付された創作的なライナーノーツです。
事実、Blue Noteの後年の注釈によると、この物語的なテキストは「ノラ・ケリーの物語がハンコックの心に喚起したイメージをもとに書かれた」と説明されていますが、同時にハンコック本人は「曲を作った後でタイトルが思い浮かぶ」と語っており、先に物語が存在していたわけではありません。
つまり、録音前にハンコックがノラ・ケリーの神話を基に作曲したのではなく、完成した音楽の幻想的・象徴的な世界観を補完するために、ノラ・ケリーが神話風の物語をライナーノーツとして創作したという順序になります。
このため、『Empyrean Isles』は「ノラ・ケリーの神話に基づく作品」というよりも、ジャズ作品に文学的な神秘をまとわせるための後付けの神話的解釈を伴ったアルバムと位置づけられます[1]。

ノラ・ケリーによる物語では、遥か東の海に浮かぶ4つの輝く島々が語られます。
それらは霧に包まれ、近づく者には消えてしまう幻の楽園です。
島々の一つ「カンタロープ島」では、大きなメロンが実り、それを食べた者は不死になると伝えられています。
また「ザ・エッグ」と呼ばれる円頂の山は神秘的な力を秘め、時に地震のように海を揺るがす存在として描かれ、その噴火は変革や終焉の象徴です。
さらに「オリロキ谷」がある「夢の島」は、近くを通る人々を魅了し、夢と現実の境を失わせます。
そこにとらわれた者は、幻想の中に迷い、やがて夢の中で安らかに死んでいくと語られます[1]。

音楽性とサウンドの特徴

本作のサウンドは、ハードバップの力強い骨格を保ちつつも、どの曲も形式やアプローチの常識に挑戦しています。
「One Finger Snap」は、その名の通りシンプルなテーマからスタートし、爆発的な即興が展開されます。
「Oliloqui Valley」は複雑なスケールチェンジと変則的な構造(8/4/878小節)を持つスピリチュアルな一曲です。
「Cantaloupe Island」は、ブルース・ベースのファンキーなヴァンプと中毒性のあるピアノ・リフが特徴で、後にUS3によるサンプリングで世界的ヒットとなりました。
「The Egg」は最も自由度の高いオープン・インプロヴィゼーションで、最低限のモチーフから緊張感とダイナミズムが生み出されています[3]。

制作時のエピソード

録音は1964年6月17日、ニュージャージー州のVan Gelder Studioで行われ、名エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)によって暖かみと鮮烈さが際立つサウンドになりました。
通常はサックスとトランペットの二管編成が主流の時代に、ハンコックはフレディ・ハバードのコルネットのみのフロントラインをあえて選択し、リズムセクションとの綿密なインタラクションと各メンバーの創造力を引き出しました。
曲作りの段階では、特定の旋律線や和声進行を抑え、即興と解釈の余地を大幅に残す“開放的な構造”が意図的に用いられています[4]。

トラック・リスト

Side 1

  1. ワン・フィンガー・スナップ(One Finger Snap) - 7:20
  2. オリロクィ・ヴァレー(Oliloqui Valley) - 8:28

Side 2

  1. カンタロープ・アイランド(Cantaloupe Island) - 5:32
  2. ジ・エッグ(The Egg) - 14:00

参加ミュージシャン

  • ハービー・ハンコック(Herbie Hancock):ピアノ、作曲、編曲
  • フレディ・ハバード(Freddie Hubbard):コルネット
  • ロン・カーター(Ron Carter):ベース
  • トニー・ウィリアムス(Tony Williams):ドラムス

彼らは当時20代前半の若手ながら、既にマイルス・デイヴィスの“クインテット”でも活躍しており、各自の大胆なソロとグループとしての高い創造力がアルバム全体に反映されています。

発表時の反響

リリース直後より批評家・ファン双方から絶賛され、『Empyrean Isles』は“ハンコックの最初の傑作”として認知されるようになりました。
AllMusicは「ハンコックを完全に独立した主要アーティストとして確立した作品」と評価し、Penguin Guide to Jazzでは最高評価の四つ星が付けられています。
音響面でもヴァン・ゲルダーによる録音品質は各方面で称賛され、“このリズムセクションのグルーヴは数々のマイルス・デイビス作品よりも鮮明”と評されています[4]。

特筆すべきこと

アルバム収録の「Cantaloupe Island」はジャズ・スタンダードとなり、1990年代以降もヒップホップやクラブ・シーンで多くのアーティストにサンプリングされ、US3による「Cantaloop (Flip Fantasia)」はBlue Note史上最大のヒットとなりました。
また『Empyrean Isles』はハンコックのコンセプトと実験精神が結実した作品として、今日でもジャズ史におけるイノベーションの象徴に挙げられます。
限定盤やリマスターでは未発表の別テイクも追加され、熱心なファンから高い関心を集め続けています[5]。

まとめ

『エンピリアン・アイルズ』は、幻想的な世界観と実験的なサウンド、比類なきメンバーの個性が融合した傑作。
ハンコックのキャリアとジャズの歴史に不滅の足跡を残し、深いリスニング体験と想像力を刺激する作品です[2]。

  1. https://www.herbiehancock.com/music/discography/album/empyrean-isles/
  2. https://www.udiscovermusic.com/stories/empyrean-isles-herbie-hancock/
  3. https://en.wikipedia.org/wiki/Empyrean_Isles
  4. https://jazzjournal.co.uk/2025/03/28/jj-03-65-herbie-hancock-empyrean-isles/
  5. https://store.bluenote.com/products/herbie-hancock-empyrean-isles-lp-blue-note-classic-vinyl-series
  6. https://www.youtube.com/watch?v=J2Uf5FkeD3s
  7. https://www.jarretthousenorth.com/2024/09/21/herbie-hancock-empyrean-isles/
  8. https://www.progarchives.com/album.asp?id=19938
  9. http://jazz-rock-fusion-guitar.blogspot.com/2019/10/herbie-hancock-1964-1999-empyrean-isles.html
  10. https://musicophilesblog.com/2022/05/15/herbie-hancock-empyrean-isles/
  11. https://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-9fc8.html
  12. https://www.internationaljazzcollective.com/upcoming-concerts/herbie-hancock-empyrean-isles-july5-late
  13. https://www.allaboutjazz.com/empyrean-isles-herbie-hancock-blue-note-records-review-by-greg-simmons
  14. https://www.youtube.com/playlist?list=PLBJenJIJrq0yowsSO3G9QQ5qCvZaceAWU
  15. https://en.debaser.it/herbie-hancock/ou-103277/review-ru56470
  16. https://kubo.sakuraweb.com/wp/archives/3058
  17. https://markscds.blogspot.com/2024/04/empyrean-isles-1964.html
  18. https://jazzjournal.co.uk/2019/06/20/herbie-hancock-empyrean-isles/
  19. https://music.apple.com/jp/album/empyrean-isles-expanded-edition/724298445
  20. https://www.universal-music.co.jp/herbie-hancock/products/470-8562/
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