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チック・コリア/ハービー・ハンコック『イン・コンサート(デュオ・ライヴ)』

チック・コリア/ハービー・ハンコック『イン・コンサート(デュオ・ライヴ)』
チック・コリア(Chick Corea)/ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)『イン・コンサート(デュオ・ライヴ)』(CoreaHancock)

1979年2月15日にポリドールから発売された『イン・コンサート(デュオ・ライヴ)』(CoreaHancock)は、チック・コリアとハービー・ハンコックが1978年に行ったアコースティック・ピアノ・デュオ・ツアーから選ばれた、2枚組ライヴ盤です。
二人の超絶技巧を競わせる作品ではなく、互いの個性を保ったまま一つの即興的な音楽空間を育てていく、きわめて親密で大胆な記録として聴くべき作品です。

二人が出会うまで

コリアとハンコックは同世代のピアニストであり、1960年代後半にはともにマイルス・デイヴィス周辺で活動しました。
ハンコックがエレクトリック化する前のマイルス・バンドを支え、後にコリアがそのライヴ・バンドへ加わるという交代劇もありましたが、二人の関係に競争意識はほとんどなかったと、ハンコックは後年に回想しています。
スタジオでは『In a Silent Way』『Bitches Brew』『On the Corner』の時代に、複数のキーボード奏者として共演し、互いの音を「伴奏」ではなく、一つの環境をつくる異なる生き物のように捉えていたといいます。

1970年代半ばには、両者ともエレクトリック・ジャズ/フュージョンの大スターでした。
コリアはリターン・トゥ・フォーエヴァー(Return to Forever)でロック的な推進力と変拍子、ラテン的情熱を融合させ、ハンコックはワンディシ(Mwandishi)期の電子音響実験、さらにヘッドハンターズ(The Headhunters)でのファンクによって時代を象徴する音を作り出していました。
そうした二人が、1978年には増幅もバンドも使わず、ステージにグランド・ピアノを二台だけ置くデュオに向かったこと自体が、当時は大きなメッセージでした。

企画と制作の背景

デュオはおそらくコリアの発案で、最初のリハーサルはコリアのロサンゼルスの自宅にある二台のグランド・ピアノで行われました。
ハンコックによれば、最初は互いの邪魔をしないよう慎重に弾き始めたものの、少しずつリスクを引き受け、すぐに笑いが止まらなくなるほど演奏が噛み合ったそうです。
「多くのリハーサルは要らない」と二人が思えたほど、音への反応が自然だったという逸話は、このアルバムの核をよく示しています。

録音は1978年のツアー中、ロサンゼルス、サンフランシスコ、アナーバーで行われた演奏から編集されました。
同じツアー音源はハンコック側のコロムビアからも『An Evening with Herbie Hancock and Chick Corea』として先に2枚組で発売されており、『CoreaHancock』はコリアの所属レーベル、ポリドールが別テイク中心に組んだもう一つの2枚組です。
両盤に重なるのは「Maiden Voyage」と「La Fiesta」の組曲だけですが、本作の演奏は別物で、より長く複雑に「Maiden Voyage」を展開し、「La Fiesta」には前衛的な身振りと熱量がより濃く注がれています。

参加ミュージシャンは、文字どおりチック・コリア(Chick Corea)とハービー・ハンコック(Herbie Hancock)のみです。
ハンコックは基本的に左チャンネル、コリアは右チャンネルに定位され、ステレオの中央に座れば、二台のピアノの間で会話を聴いているような感覚を得られるよう設計されています。
録音/編集にはバーニー・カーシュ(Bernie Kirsh)、ミキシングにはフレッド・カテロ(Fred Catero)、制作にはデヴィッド・ルービンソン(David Rubinson)らが関わりました。

音楽の構造と音色

収録曲は、コリアの「Homecoming」「The Hook」「Bouquet」「La Fiesta」、ハンコックの「Maiden Voyage」、そしてバルトーク『ミクロコスモス』由来の「Ostinato」です。
重要なのは、スタンダード曲を即興するという通常のジャズ・デュオ像に限定されないことです。『CoreaHancock』は、ジャズ、現代音楽、ラテン音楽、即興音楽を同じ演奏空間に置く作品であり、相方の演奏を支えるだけでなく、リズム、和声、音色、沈黙のすべてを共同で組み替えていきます。

たとえば冒頭の「Homecoming」は19分超。
コリアらしい明快で推進力のあるモチーフを出発点にしつつ、二人は反復、変奏、急停止、重層的なリズムを通じて、ジャズのソロ回しというより20世紀の大規模なピアノ作品に近い構築感を生みます。
評者が「進歩的な20世紀クラシック作品のよう」と捉えたのも頷けます。

「The Hook」では、二人は鍵盤を弾くだけに留まりません。
ピアノ内部の弦に触れたり、弦を鳴らしたりするプリペアド・ピアノ的な奏法を用い、打楽器的な響き、金属的なざらつき、うなりを引き出します。
ジョン・ケージを想起させる音響実験ですが、単なる前衛的効果ではありません。
グランド・ピアノという楽器の中に潜むノイズや倍音を、二人の対話の語彙に加える試みです。
ハンコック自身も、ツアーではコリアが弦を押さえたり引いたりして音色を変え、それに自分も加わって倍音を探ったと語っています。

一方で「Bouquet」はコリアのソロです。
スペイン風の香りを持つ抒情性が前面に出て、デュオの緊張をいったんほどく役割を果たします。
二人だけのアルバムでありながら、あえてソロの時間を設ける構成は、相手を消して融合するのではなく、個としての輪郭を尊重するというデュオの理念に通じています。

トラック・リスト

Side 1

  1. ホームカミング(Homecoming) - 19:10

Side 2

  1. オスティナート[ミクロコスモスより](Ostinato[From Mikrokosmos for Two Pianos, Four Hands]) - 2:37
  2. ザ・フック(The Hook) - 13:15

Side 3

  1. ハービーズ・イントロ・オブ・チック(Herbie's Intro of Chick) - 0:41
  2. ブーケ(Bouquet) - 18:13

Side 4

  1. 処女航海(Maiden Voyage) - 10:42
  2. ラ・フィエスタ(La Fiesta) - 16:45

反響と聴くべき理由

当時のコンサートは概して高く評価されましたが、一部の批評は二人の演奏を「duel(決闘)」と呼びました。
リマスター盤のライナーはこの言葉を明確に退け、「決闘ではなくデュエット」と位置づけます。
根底にあったのは、コリアのいう互いへの基本的な愛情と、そこから生まれる音楽への積極的な信頼でした。
ハンコックも後年、「競争の気配は一度もなく、すべてが刺激だった」と断言しています。

ただし、同時代の『ニューヨーク・タイムズ』評は、二人の創造性、ピアノ技術、温かいステージ運びを高く評価しながらも、「Maiden Voyage/La Fiesta」の長大な終盤メドレーについては、演奏回数の多さゆえに伸びすぎ、前半のソロ即興ほどの鮮度を保てなかったと留保を付けました。
この批評は、本作を単なる「二大巨匠の名演集」として神格化するのでなく、長時間即興のリスクまで抱えたライヴ記録として聴く手掛かりになります。

特筆すべきなのは、電気楽器と大編成によって音楽の境界を押し広げてきた二人が、最小限の編成へ戻ることで、むしろ音楽の可能性を拡張した点です。
二台のピアノは、旋律と伴奏、ジャズとクラシック、秩序と偶発性、知性と遊びを絶えず入れ替えます。『CoreaHancock』は、フュージョンの二大巨頭が「アコースティックへ回帰した」作品というより、電化期に培った多層的な聴覚と即興の大胆さを、むき出しのピアノへ持ち込んだ作品なのです。

合わせて読みたい

Citations:
https://www.herbiehancock.com/music/discography/album/coreahancock/
https://au.rollingstone.com/music/music-features/herbie-hancock-interview-chick-corea-23200/
https://www.nytimes.com/1978/02/03/archives/jazz-corea-and-hancock.html

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