SHARE:

ジョン・コルトレーン『コルトレーン』

ジョン・コルトレーン『コルトレーン』
ジョン・コルトレーン(John Coltrane)『コルトレーン』(Coltrane)

1962年にリリースされたジョン・コルトレーン(John Coltrane)の『Coltrane』は、後に「クラシック・カルテット」と呼ばれることになる4人の音楽的な結びつきが、スタジオ作品として明確に形を現し始めた重要なアルバムです。
マッコイ・タイナー(ピアノ)、ジミー・ギャリソン(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)という強力なリズム・セクションを得たコルトレーンは、ここで激烈なサックス・プレイだけを追求しているわけではありません。
むしろ印象的なのは、ジャズ・スタンダードやバラードを自らの音楽語法へと静かに変換していく成熟ぶりです。
後年の『Crescent』や『A Love Supreme』へとつながっていくコルトレーンの音楽を考えるうえでも、『Coltrane』は見逃せない一枚といえるでしょう。
録音は1962年4月11日、6月19日、20日、29日に、ニュージャージー州イングルウッド・クリフスにあるルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで行われました。プロデューサーは、コルトレーンのインパルス!時代を支えたボブ・シール(Bob Thiele)です。

ジョン・コルトレーン『Coltrane』とクラシック・カルテットの原点

1962年のコルトレーンは、すでに大きな転換期にありました。
インパルス!から発表された『Africa/Brass』(1961年)では大編成によるサウンドに取り組み、同年から1962年にかけてのヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏では、エリック・ドルフィーらを迎えながら、より自由で実験的な即興演奏へと踏み込んでいます。
そうした急速な音楽的探求の一方で、コルトレーンは自分の音楽を支える4人のメンバーとの関係を深めていました。

参加ミュージシャン

  • ジョン・コルトレーン(John Coltrane):テナー・サックス/ソプラノ・サックス
  • マッコイ・タイナー(McCoy Tyner):ピアノ
  • ジミー・ギャリソン(Jimmy Garrison):ベース
  • エルヴィン・ジョーンズ(Elvin Jones):ドラムス

この4人は、単に当時の一流ミュージシャンを集めたカルテットではありません。

タイナーの力強く開放的な和声、ギャリソンの安定した低音と柔軟なリズム、ジョーンズの複雑で推進力のあるドラミング。その上でコルトレーンが旋律を自在に展開していきます。
4人の役割は固定されているようでいて、演奏が始まると互いの音に反応しながら形を変えていきます。
この「演奏する4人」そのものが、後にコルトレーンを代表する音楽的な個性になっていきました。
『Coltrane』は、そんなクラシック・カルテットの原点をスタジオ録音で味わえる作品としても興味深いアルバムです。

『Coltrane』の選曲とアルバム・コンセプト

Side 1

  1. アウト・オブ・ジス・ワールド(Out of This World) - 14:06
  2. ソウル・アイズ(Soul Eyes) - 5:26

Side 2

  1. ジ・インチ・ワーム(The Inch Worm) – 6:19
  2. トゥーンジィ(Tunji) - 6:33
  3. マイルス・モード(Miles' Mode) - 7:31

ハロルド・アーレンとジョニー・マーサーによる「Out of This World」、マル・ウォルドロンの「Soul Eyes」、フランク・レッサーの「The Inch Worm」といった既成曲と、コルトレーン自身による「Tunji」「Miles’ Mode」が並びます。

一見すると選曲には大きな統一テーマがないようにも思えます。
しかし、アルバムを通して聴いてみると、そこには明確な方向性があります。
それは、既成曲を単純に「美しく演奏する」のではなく、即興演奏のための素材として捉え直すことです。

コルトレーンは原曲のメロディを大切にしながらも、その背後にある和声やリズムを掘り下げ、長いフレーズと反復によって音楽を次第に別の場所へ運んでいきます。
原曲を知っているリスナーならメロディを追いかけることができます。しかし、そのメロディは次第にコルトレーン独自の緊張感に包まれていく。
この「知っている曲なのに、まったく違う音楽に聴こえる」という感覚こそ、コルトレーンのスタンダード解釈の大きな魅力です。

『Coltrane』のサウンドとコルトレーンのテナー・サックス

本作で聴けるコルトレーンのテナー・サックスは、太く力強く、非常に密度の高い音色を持っています。
ただし、後年の『Ascension』などに代表されるフリー・ジャズ的な爆発力とは少し趣が違います。
ここには、バラードを丁寧に歌わせる温かさがあります。
同時に、一つのフレーズを何度も変化させながら音楽の核心へ近づいていくような、コルトレーン特有の集中力もあります。
激しさと抒情性。
技巧と歌心。
その二つが無理なく共存しているところに、1962年のコルトレーンの魅力があります。

「Soul Eyes」――コルトレーンの歌心を味わう

アルバムの中でも特に印象的なのが、マル・ウォルドロン作の「Soul Eyes」です。
コルトレーンは、この美しいバラードを必要以上に飾り立てません。
音の入り方、フレーズの間、そして一音一音の余韻を大切にしながら、メロディそのものを深く歌わせています。
タイナーのピアノは濃密でありながら決して重たくならず、ギャリソンとジョーンズのリズム・セクションも、ソロを強引に押し上げるのではなく、演奏の内側から支えています。
ここで聴こえてくるのは、4人がそれぞれの技術を競い合う姿ではありません。
むしろ、互いの音を聴きながら一つの音楽を作っているという、深い信頼関係です。
コルトレーンというと「至上の探求者」「激しい即興演奏家」というイメージが先行しがちですが、「Soul Eyes」を聴くと、彼がいかに優れたバラード・プレイヤーだったのかがよく分かります。

「Tunji」に聴くアフリカ音楽への関心

「Tunji」は、ナイジェリア出身の打楽器奏者ババトゥンデ・オラトゥンジ(Babatunde Olatunji)に捧げられたコルトレーンのオリジナル曲です。
「Soul Eyes」とは対照的に、こちらではリズムと反復が大きな役割を果たします。
ジョーンズのドラムスが作り出す複雑なリズムの上で、コルトレーンは旋律を単純に歌うというより、短いフレーズや音型を繰り返しながら少しずつ変化させていきます。
そこには、コルトレーンがこの時期に深めていたモード・ジャズへの関心だけでなく、アフリカ音楽や打楽器的なリズムへの興味も感じられます。
一つのテーマを出発点にして、反復と即興によって音楽を拡張していく。
その方法論は、後のコルトレーンのより自由な音楽へとつながっていく重要な要素でもあります。

「Miles’ Mode」――マイルス・デイヴィスからの出発

アルバムの最後を飾る「Miles’ Mode」は、コルトレーンのオリジナル曲です。
「The Red Planet」という別名でも知られています。
タイトルからも分かるように、この曲にはマイルス・デイヴィスから受け継いだモーダルな発想とのつながりを感じることができます。
コルトレーンは1955年から1960年までマイルス・デイヴィスのグループに在籍し、『Kind of Blue』をはじめとする重要な録音にも参加しました。
しかし、「Miles’ Mode」は単純にマイルスの音楽を再現したものではありません。
限られた和声的な枠組みの中で、コルトレーンは長く連続するラインを展開し、タイナーは和声を固定しすぎることなく空間を作ります。
そしてジョーンズのドラムスが拍の感覚を揺さぶり、ギャリソンが低音から演奏全体を支える。
ここでの「モード」は静止した背景ではありません。
4人の演奏によって絶えず動き続ける、ひとつの音楽的な空間になっています。
マイルス・デイヴィスから学んだモード・ジャズを出発点にしながら、そこから自分自身の音楽へ進もうとしている。
「Miles’ Mode」には、そんな1962年のコルトレーンの姿が刻まれています。

『Coltrane』はコルトレーン入門にもおすすめできる?

『Coltrane』は、『A Love Supreme』のように明確な宗教的テーマを持った作品ではありません。
また、『Live at the Village Vanguard』のように、当時のコルトレーンの急進的な音楽性を強烈に示すライヴ作品でもありません。
そのため、コルトレーンの代表作を語る際には、やや控えめな位置に置かれることがあります。
しかし、だからこそ面白いアルバムでもあります。
『Coltrane』を『Africa/Brass』、そして後の『Crescent』や『A Love Supreme』と並べて聴いてみると、1961年から1964年にかけてコルトレーンの音楽がどのように変化していったのかが見えてきます。

大編成による実験。
ヴィレッジ・ヴァンガードでの急進的な即興。
そして、タイナー、ギャリソン、ジョーンズとのカルテットによる、より緊密な音楽的対話。
その過程の中で、コルトレーンは自分自身の音楽語法を少しずつ確立していきました。
『Coltrane』は、その変化を聴くことができる重要な一枚です。

まとめ――静かな成熟の中に、次のコルトレーンがいる

ジョン・コルトレーンの『Coltrane』は、派手な実験性だけを前面に押し出したアルバムではありません。
むしろ、スタンダードを深く掘り下げる歌心と、モード・ジャズやアフリカ音楽への関心、そしてクラシック・カルテット4人による濃密なインタープレイが、自然な形で一つにまとまっています。
とりわけ興味深いのは、その穏やかな表情の奥に、後のコルトレーンを予感させる強烈な探求心が潜んでいることです。
初めて聴くなら、まずは「Soul Eyes」でコルトレーンの豊かな歌心に耳を傾けてみるのがおすすめです。
そこから「Tunji」へ進めば、リズムと反復によって音楽を拡張していくコルトレーンの姿が見えてきます。
そして「Miles’ Mode」まで聴き終えたとき、この1962年のアルバムが単なる過渡期の作品ではなく、『Crescent』、そして『A Love Supreme』へ向かうクラシック・カルテットの重要な出発点だったことを実感できるはずです。

コルトレーンの激しさだけではなく、歌心や音楽的な対話の面白さを味わいたい人にも、ぜひじっくり聴いてほしいアルバムです。

合わせて読みたい

Citations:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coltrane_(1962_album)
https://www.allaboutjazz.com/john-coltrane-coltrane-and-crescentshadows-and-light-by-mark-werlin

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ