キース・ジャレット『スピリッツ』

Keith Jarrett(キース・ジャレット)のアルバム『Spirits』(スピリッツ)は、彼のキャリアの中でも特異な作品であり、1986年にECMからリリースされた2枚組のソロアルバムです[1]。
『スピリッツ』のコンセプトおよび制作経緯
このアルバムは、ニュージャージー州の自宅スタジオ(Cavelight Studios)で、1985年5月から6月にかけて、完全に一人で即興的に制作されました。
背景には、1980年代前半にクラシックのリサイタルに没頭した結果、音楽的な「虚無感」に陥り、創作への強い渇望や自分自身を再発見したいという意欲があったとされています。
ジャレットは「何も感じられなかった。まるで完全に麻痺してしまったようだった」と語っています。
この精神的な危機から脱するため、日々スタジオにこもり、決まった目的もなく、思うままに音楽を「生み出す」という行為に没頭した結果生まれたのが『Spirits』です[2]。
音楽性とサウンドの特徴
『Spirits』は一般的なジャズ作品とは一線を画し、「エスニック」「プリミティブ」な要素を全面に出しています。
インドのタブラ、パキスタン製フルート、さまざまな木製リコーダー、ギター、グロッケンシュピール、サズ(バラマ)、サクソフォン、パーカッション、さらには彼自身のヴォーカルまで、複数の楽器をすべて自身で演奏し、オーバーダビングで重ねました。
録音機材もごく簡素に、カセットレコーダー2台と最低限のエフェクトのみです[1]。
メロディやリズムは即興的で、タイトな構造や高度な技巧よりも「感情」と「直感」に重きが置かれています。
リコーダーとパーカッションによる素朴な響き、静謐さと原始性が同居し、ブルースやワールドミュージック、ニューエイジ、スピリチュアル・ジャズの要素が混ざり合う一方で、どれにも完全には属さない独自性を確立しています。
特に「Spirits 21」の躍動的なリズムや、「Spirits 17」のグレゴリオ聖歌やラガ、ネイティブアメリカンの儀式的声楽を思わせるヴォーカル、タブラやフルートの多重録音が際立っています[1]。

トラック・リスト
vol. 1
Side 1
- Spirits 1 - 5:07
- Spirits 2 - 1:37
- Spirits 3 - 8:04
- Spirits 4 - 5:56
- Spirits 5 - 4:10
- Spirits 6 - 1:58
Side 2
- Spirits 7 - 7:09
- Spirits 8 - 4:52
- Spirits 9 - 5:12
- Spirits 10 - 3:27
- Spirits 11 - 2:36
- Spirits 12 - 4:47
vol. 2
Side 1
- Spirits 13 - 5:09
- Spirits 14 - 3:06
- Spirits 15 - 2:26
- Spirits 16 - 2:10
- Spirits 17 - 2:57
- Spirits 18 - 6:20
- Spirits 19 - 4:50
Side 2
- Spirits 20 - 5:13
- Spirits 21 - 4:21
- Spirits 22 - 3:08
- Spirits 23 - 4:04
- Spirits 24 - 3:02
- Spirits 25 - 2:18
- Spirits 26 - 6:12
参加ミュージシャン
演奏・録音・プロデュースの全てをキース・ジャレット自身が担当しています。
パキスタンフルート、ヴァーモント・フォークフルート、タブラ3セット、各種南米のシェイカー、Moeckリコーダー(複数種)、ストレートソプラノサックス、Steinwayピアノ、Orozcoギター、グロッケンシュピール、小型タンバリン、アフリカンダブルカウベル、サズ・バーラマなど、多彩な楽器群を一人で操りました[2]。
制作時エピソード
このプロジェクトは制作・録音・編集に至る全過程を完全な自宅環境で、外部エンジニアや補助者を使わず実施されました。
ジャレット本人によれば「制約のない環境で、自分の衝動のままに作った初めてのアルバム」であり、完成した楽曲には事前に決まったプログラムや譜面の用意はなく、全てがその場の即興から生まれたといいます[1]。

発表時の反響
当時は「ジャズ・ピアニスト」としての華やかな技巧やスタイルを期待していた多くのファンや批評家にとっては「異色作」「戸惑いの作品」と受け止められ、賛否両論を呼びました。
AllMusicは「技術ショーケースに過ぎず、音楽的に価値があるとは言い難い」とやや否定的な評価を下しましたが、NPRやThe Rough Guide to Jazzは「癒しと再生のプロセスが記録された重要な作品」とも称えています。
現在では、ジャンルを超えた独自性や個人的な誠実さを評価する声も多く、伝統的な音楽観からの逸脱を示す実験的作品として再発見されています[1]。
特筆すべきこと
- アルバムは当時の妻Rose Ann Colavitoに捧げられている[2]。
- 「音楽的な危機」からのカタルシス、非ジャズ寄りの音楽実験、精神性の探求という点で、キース・ジャレットならではのスピリチュアル性を示しています[1]。
- 様々な民族楽器の独奏と多重録音による「ひとり世界音楽」というスタイルは、ジャレットの多層的な音楽性と創作への真摯な姿勢を物語っています[1]。
『Spirits』は、キース・ジャレットの孤高と直感、そして本質的なスピリチュアリティを封じ込めた、唯一無二のドキュメントです[2]。
- https://spectrumculture.com/2024/03/10/rediscover-keith-jarrett-spirits/
- https://en.wikipedia.org/wiki/Spirits_(Keith_Jarrett_album)
- https://www.jazzmusicarchives.com/artist/keith-jarrett
- https://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-851e.html
- https://organicmusic.jp/products/keith-jarrett-spirits
- https://note.com/ikki82/n/n1b75143fe5eb
- https://ecmreviews.com/2012/01/05/spirits/
- https://ecmrecords.com/product/spirits-keith-jarrett/
- https://organicmusic.jp/en/products/keith-jarrett-spirits
- https://www.allmusic.com/album/spirits-1-2-mw0000188363
- https://jazztokyo.org/features/my-ecm-pick/post-84854/
- https://musicophilesblog.com/category/music/album-review/374560302/
- http://musicircus.on.coocan.jp/ecm/rarum/r_01.htm
- https://ecmreviews.com/tag/keith-jarrett/
- http://toppe2.web.fc2.com/Keith_Jarrett/Keith_Jarrett.html
- https://music.apple.com/jp/album/spirits/1452867192


