ケイト・ブッシュ『天使と小悪魔』

1978年にリリースされたKate Bush(ケイト・ブッシュ)のデビューアルバム『The Kick Inside』(邦題:天使と小悪魔)は、19歳という若さで発表されたにもかかわらず、驚くほど成熟した内容と独創性に満ちた作品です。
『The Kick Inside』のコンセプト
アルバム全体のコンセプトは、文学や映画、神秘主義、愛や性、死といった幅広いテーマを独自の視点で描き出すことにあります。タイトル曲「The Kick Inside」は、イギリスの古いバラッド「Lizie Wan」からインスパイアされ、禁断の愛や犠牲といった重いテーマを扱っています[1][2]。また、「Wuthering Heights」(邦題:嵐が丘)はエミリー・ブロンテの小説ではなく、テレビドラマ版から着想を得ており、ケイト自身が後に原作小説を読んで歌詞を調整したというエピソードもあります[2]。
音楽性・サウンドの特徴
本作の音楽性はアートポップ、プログレッシブポップ、フォークロックなど多様なジャンルを融合しています[6]。最大の特徴は、ケイト・ブッシュの唯一無二のボーカルと、詩的かつ幻想的な歌詞、そして物語性の強い楽曲構成です。冒頭曲「Moving」ではクジラの鳴き声(1970年の『The Song Of the Humpback Whale』からサンプリング)が使われ、異世界的な雰囲気を演出しています[1]。ピアノを中心にしたアレンジや、流動的なリズム、時にジャズやロックの要素も取り入れたサウンドが、各曲の世界観を際立たせています[5][6]。
また、ケイトは声そのものを楽器のように使い、曲ごとに異なるキャラクターや語り手に“なりきる”ことで、女性アーティストの新しい表現モデルを打ち立てました[5]。例えば「The Saxophone Song」ではジャズサックス奏者アラン・スキッドモアの演奏が加わり、アーシーな雰囲気を醸し出しています[1]。
制作時のエピソード
制作は1975年から1977年にかけて行われ、全曲がケイト自身の作詞・作曲によるものです[4]。プロデューサーはアンドリュー・パウエル(Andrew Powell)、ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアがケイトをEMIに紹介し、デビューの後押しをしました[4][6]。ケイトは当時、ダンスやパントマイムも学んでおり、師であるリンゼイ・ケンプへのオマージュとして「Moving」を書いています[2]。
シングルカットに関しては、EMI側が「James and the Cold Gun」を推したのに対し、ケイト本人が「Wuthering Heights」を強く希望し、結果的にこれが大ヒットとなりました[2]。
参加ミュージシャン
- ケイト・ブッシュ(Kate Bush):ボーカル、ピアノ
- アンドリュー・パウエル(Andrew Powell):プロデューサー、アレンジ、ピアノ、キーボード
- ダンカン・マッケイ(Duncan Mackay):ピアノ、キーボード
- アラン・スキッドモア:サックス(「The Saxophone Song」)
- イアン・ベアンソン(Ian Bairnson):エレキギター、アコースティックギター、バックボーカル
- ポール・キーオ(Paul Keogh):エレキギター、アコースティックギター
- アラン・パーカー(Alan Parker):アコースティックギター
- デイヴィッド・パトン(David Paton):ベースギター、バックボーカル
- スチュアート・エリオット(Stuart Elliot):ドラムス
- 他にも、デヴィッド・ギルモア(共同プロデューサー)など、イギリスの一流スタジオミュージシャンが多数参加しています[4][8]。
トラック・リスト
Side 1
- 嘆きの天使(Moving)- 3:01
- サキソホーン・ソング(The Saxophone Song)- 3:51
- 奇妙な現象(Strange Phenomena)- 2:57
- 風に舞う羽根のように(カイト)(Kite)- 2:56
- 少年の瞳を持った男(The Man with the Child in His Eyes)- 2:39
- 嵐が丘(Wuthering Heights)- 4:28
Side 2
- ジェイムズ・アンド・コールド・ガン(James and the Cold Gun)- 3:34
- フィール・イット(Feel It)- 3:02
- 恋って何?(Oh to Be in Love)- 3:18
- ラムールは貴方のよう(L'Amour Looks Something Like You)- 2:27
- ヘヴィな人たち(Them Heavy People)- 3:04
- 生命のふるさと(Room for the Life)- 4:03
- キック・インサイド(The Kick Inside)- 3:30
発表時の反響
1978年2月のリリース直後、「Wuthering Heights」が全英シングルチャート1位を獲得し、女性シンガーソングライターによる自作曲としては史上初の快挙となりました[2][4]。アルバム自体も高い評価を受け、ケイト・ブッシュは一躍“天才少女”として世界的な注目を集めました[6]。その後も「The Man With The Child In His Eyes」などがシングルカットされ、いずれも高評価を得ています[4]。
ジャケットデザイン
オリジナルの英国盤ジャケットは、金色のボディペイントを施したケイトが巨大な凧にしがみつく姿が描かれ、背景には“巨大な目”が広がっています。このイメージは、ディズニー映画『ピノキオ』のクジラ・モンストロのシーンから着想を得たとされています[1][7]。国や地域によってジャケットデザインが異なり、アメリカ盤や日本盤など複数のバリエーションが存在します。特に日本盤は、19歳のケイトのビジュアルを前面に押し出したもので、後年、本人がイメージコントロールを強めるきっかけになったとも言われています[3][8]。(本サイトで紹介しているのはアメリカ盤)

特筆すべきこと
- 文学・映画・神秘主義の影響:多くの楽曲が文学作品や映画、神秘思想(例:「Them Heavy People」でグルジェフを参照)から影響を受けています[2][9]。
- 女性アーティストの新たな表現:自作自演、自己プロデュース、物語性の強い歌詞、セクシュアリティの表現など、当時の女性アーティスト像を大きく変えました[5][6]。
- リマスターと再評価:2018年には本人監修によるリマスター盤がリリースされ、サウンドの繊細な違いが再評価されています[5][9]。
- 個性的なボーカル:4オクターブの声域を活かした独特のボーカルスタイルは、バックコーラスも含めて彼女自身が担当し、楽器のように扱っています
まとめ
『The Kick Inside』は、ケイト・ブッシュの天才的なソングライティングと独自のボーカル表現、そして文学的・幻想的な世界観が融合した、70年代アートポップの金字塔です。リリースから40年以上経った今も、その革新性と鮮烈さは色褪せることなく、多くのリスナーやアーティストに影響を与え続けています[1][2][6]。
- https://www.mojo4music.com/articles/stories/inside-the-making-of-kate-bushs-the-kick-inside/
- https://en.wikipedia.org/wiki/The_Kick_Inside
- https://www.reddit.com/r/katebush/comments/zeznyn/why_was_the_kick_insides_album_cover_changed/
- https://www.katebushencyclopedia.com/kick-inside-the-album/
- https://www.stevepafford.com/tki-45/
- https://tune-sight.com/the-kick-inside-by-kate-bush/
- https://www.katebushnews.com/2018/02/17/the-kick-inside-is-40-years-old-today-the-story-behind-the-iconic-kite-cover-artwork/
- https://note.com/xtc23/n/n3ef35d30e8f9
- http://whatitfeelslike.blog.fc2.com/blog-entry-272.html
- https://tsurumusicblog.com/album-review-the-kick-inside-kate-bush/