ビリー・ジョエル『ニューヨーク52番街』

Billy Joel(ビリー・ジョエル)の『52nd Street』(邦題:ニューヨーク52番街)は、単なるヒット集ではなく、ニューヨークの街の空気、とりわけジャズの歴史が染みついた52丁目のイメージをまとった、都会的で少し気取った作品です。
前作『The Stranger』の成功を受けて作られたアルバムですが、より洗練され、ジャズやR&Bの香りを強めながら、ジョエルらしいポップな強度を失わない点に大きな魅力があります。
『ニューヨーク52番街』コンセプトの核
タイトルの「52nd Street」は、マンハッタンのジャズ街として知られた通りへのオマージュで、当時ジョエルのレーベルもCBSビル内の西52丁目にあり、録音したA&Rスタジオも52丁目にありました。
そのためこの作品は、都市の音楽文化そのものをアルバムの外装にしたような感触があります。
ただし、明確な物語を持つコンセプト・アルバムというより、ニューヨークの夜、成功、見栄、孤独、恋愛といった断片を、ジャズ・クラブ的なムードで束ねた「ゆるやかな都市の肖像」と見るのが自然です。
音楽性とサウンド
音楽面では、前作よりも「少しジャジーで、少し上品」という印象が際立ちます。
「My Life」「Big Shot」「Honesty」のような分かりやすいポップ・ナンバーが中心にありつつ、「Zanzibar」ではジャズ、ロック、展開の多い構成が混ざり合い、アルバムの中でも特に冒険心が感じられます。
演奏は全体にタイトで、リズム隊の推進力とピアノの明快さが土台を作り、その上にサックス、ホーン、ヴィブラフォン、パーカッションが都会的な色彩を足しています。
制作の背景
制作は1978年夏、ニューヨークのA&R Recording Studiosで行われ、ジョエルとプロデューサーのフィル・ラモーン(Phil Ramone)がほぼ内緒で、短期間にまとめ上げました。
前作『The Stranger』の成功後すぐに取りかかり、作曲、録音、ミックス、マスタリング、発売までが約3か月ほどで進んだとされます。
ラモーンは多彩な要素を滑らかに接着する役割を果たし、ジョエルの曲が持つポップ性を損なわずに、少し大人びた響きを与えました。
参加ミュージシャン
中心メンバーは、ビリー・ジョエル、リッチー・カナータ、スティーヴ・カーン、ダグ・スタインマイヤー、リバティ・デヴィットら、前作から続く信頼の厚いバンドです。
加えて、フレディ・ハバードのトランペットとフリューゲルホルンは「Zanzibar」を決定づける要素で、マイク・マイニエリのヴィブラフォン、ラルフ・マクドナルドのパーカッション、フューズされたホーン・アレンジがアルバムの質感を押し広げています。
こうしたゲストの使い方が、ロック盤でありながら、どこかジャズ・クラブの余韻を残す理由です。
- ビリー・ジョエル(Billy Joel):ボーカル、アコースティックピアノ、ヤマハCP-70エレクトリックグランドピアノ、フェンダーローズピアノ、シンセサイザー
- リッチー・カナータ(Richie Cannata):オルガン、サックス、クラリネット
- スティーヴ・カーン(Steve Khan): エレキギター、アコースティックギター、バッキングボーカル
- デヴィッド・スピノザ(David Spinozza): アコースティックギター (2)
- デビッド・ブラウン(David Brown):エレキギター (3)
- ラッセル・ジャヴォーズ(Russell Javors): アコースティックギター (3)
- ヒュー・マクラッケン(Hugh McCracken):ナイロンギター(6, 8)
- エリック・ゲイル(Eric Gale): エレキギター (7)
- ダグ・ステッグマイヤー(Doug Stegmeyer): ベース、バックボーカル
- リバティ・デヴィート(Liberty DeVitto): ドラム
- マイク・マイニエリ(Mike Mainieri):ビブラフォンとマリンバ(4、6)
- ラルフ・マクドナルド(Ralph MacDonald): パーカッション (6, 7)
- デヴィッド・フリードマン(David Freidman): オーケストラのチャイムとパーカッション (8)
- フレディ・ハバード(Freddie Hubbard):フリューゲルホルンとトランペット (4)
- ジョージ・マージ (George Marge):ソプラニーノリコーダー(6)
- ロバート・フリードマン(Robert Freedman):ホルンと弦楽のためのオーケストレーション(2、8)
- デイヴ・グルーシン(Dave Grusin): ホーン・オーケストレーション(7)
- デヴィッド・ナディアン(David Nadien): コンサートマスター (2、7、8)
- ピーター・セテラ(Peter Cetera)&ダニー・デイカス(Donnie Dacus): バッキング・ボーカル (3)
- フランク・フロイド(Frank Floyd)、バビ・フロイド(Babi Floyd)、ミルト・グレイソン(Milt Grayson)、ザック・サンダース(Zack Sanders)、レイ・シンプソン(Ray Simpson):バックコーラス (7)
トラック・リスト
Side 1
- ビッグ・ショット(Big Shot) - 4:03
- オネスティ(Honesty) - 3:53
- マイ・ライフ(My Life) - 4:44
- ザンジバル(Zanzibar) - 5:11
Side 2
- 恋の切れ味[スティレット] (Stiletto) - 4:42
- ロザリンダの瞳(Rosalinda's Eyes) - 4:42
- 自由への半マイル(Half a Mile Away) - 4:08
- 夜のとばり(Until the Night) - 6:35
- ニューヨーク52番街(52nd Street) - 2:31
発表時の反響
1978年の発売後、『52nd Street』は商業的にも大成功を収め、ビリー・ジョエルにとって初の全米1位アルバムになりました。
「My Life」「Big Shot」「Honesty」はいずれも米国シングルチャートの上位に入り、アルバム全体の勢いを支えました。
批評面でも高く評価され、1980年のグラミー賞では最優秀アルバム賞と最優秀男性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞しています。

特筆すべき点
このアルバムには、いくつかの「記録」としての面白さもあります。
日本では1982年に、CBS/Sonyから商業発売された初期CDの一つで、しばしば最初のCDとして語られることがあります。
また、ローリング・ストーンの後年のリストでも高く位置づけられ、現在でも70年代ポップ/ロックの重要作として扱われています。
とくに「Zanzibar」は、ジョエルがジャンルの壁をまたぎながらも、メロディの強さで全部をまとめ切る能力を示した代表例といえます。
聴きどころ
『52nd Street』の面白さは、技巧の誇示ではなく、街のざわめきや人間関係の温度を、明るい旋律の中に自然に封じ込めている点にあります。
ハードなロックでも、純粋なジャズでもないのに、どちらの気配も感じる。その中間地帯を、これほど洗練された形で聴かせる作品は多くありません。
だからこそこのアルバムは、成功作であると同時に、ジョエルが「都会を歌う作家」として完成度を一段引き上げた瞬間として記憶されています。

[Citations]
- https://en.wikipedia.org/wiki/52nd_Street_(album)
- https://www.culturesonar.com/billy-joels-52nd-street-jazz-rock-tension-release/
- https://ultimateclassicrock.com/billy-joel-52nd-street/
- https://www.classicrockreview.com/2013/09/1978-billy-joel-52st/
- http://albumlinernotes.com/52nd_Street.html
- https://ultimateclassicrock.com/billy-joel-52nd-street/

