シカゴ『ラヴ・ミー・トゥモロウ(シカゴ16)』

1982年の『Chicago 16』(邦題:ラヴ・ミー・トゥモロウ)は、シカゴが70年代のブラス・ロックのスタイルを、80年代型の洗練されたポップ/AORへと大きく更新し、商業的にも復活を遂げた転換点の作品です。
最大の象徴は、ピーター・セテラとデイヴィッド・フォスターが共作した全米1位曲「Hard to Say I’m Sorry / Get Away(素直になれなくて)」でした。
背景と狙い
『Chicago 16』は、シカゴにとって通算16作目、スタジオ作としては13作目に当たり、1982年6月7日にFull Moon/Warner Bros.から発売されました。
長年在籍したColumbiaを離れ、Warner Bros.と結んだ最初のアルバムでもあります。
録音は同年1月から4月にかけて、ロサンゼルス近郊のBill Schnee Studios、Record Plant、Davlen Sound、Skyline Recordingなど複数のスタジオで行われました。
70年代後半のシカゴは、以前ほどのヒット作を発表する力を保てずにいました。
そこでバンドは、当時すでに優れた編曲家・キーボーディストとして頭角を現していたデイヴィッド・フォスターをプロデューサーに起用します。
これは、単に「以前のシカゴへ戻る」ためではなく、ラジオとMTVの時代に届く音へ自分たちを作り替える試みでした。
公式サイトが本作を“acclaimed 1982 comeback album”と位置づけるのは、この刷新が成功したことを端的に示しています。
フォスターによるシカゴ・サウンドの再設計
フォスターはシカゴの持ち味であるホーン・セクションを完全に捨てたわけではありません。
しかし、従来のようにブラスが前面で曲を引っ張る設計から、歌、ピアノ、シンセサイザー、精密なリズム、重層的なコーラスを中心に据える方向へ重心を移しました。
ホーンは曲の骨格を担うというより、メロディを彩り、クライマックスを増幅するための色彩として扱われています。
その結果、音像は非常に滑らかで、明るく、整然としています。
アコースティック・ピアノの輪郭、シンセの透明感、きめ細かなバック・ヴォーカル、そして過剰にならないストリングス的な広がりが、80年代初頭のポップ・プロダクションらしい質感を作りました。
一方で、この変化は、初期からのファンにとっては「ブラスの効いたジャズロック路線」が後退したようにも聞こえたはずです。
本作はまさに、再生と論争を同時に招いた作品でした。
楽曲とサウンドの聴きどころ
中心曲「Hard to Say I’m Sorry / Get Away」は、前半の抑制されたバラードから、後半「Get Away」でテンポと熱量を上げる二部構成です。
セテラの高く繊細なリード・ヴォーカル、フォスターのピアノ、洗練されたシンセの配置が、別れを前にしたためらいを過度にドラマ化せず、切実に伝えます。
単なる甘いバラードではなく、後半でバンドの躍動を回復させる構成が秀逸です。
続く「Love Me Tomorrow」も、セテラの歌を核にした滑らかなポップ・ロックで、本作の新しい方向を明瞭に示します。
対して「What You’re Missing」「Waiting for You to Decide」「Bad Advice」「Chains」では、リズムの切れ味、キーボードのレイヤー、コーラスの精度が前景化します。
アルバム全体は、ジャズ・ロック的な即興性よりも、各パートを精密に積み上げるスタジオ作品としての完成度を追求しています。
外部作家の本格導入も重要です。「What You’re Missing」はジェイ・グラスカとジョセフ・ウィリアムズ、「Waiting for You to Decide」はフォスター、デヴィッド・ペイチ、スティーヴ・ルカサーの共作であり、バンド内の作曲だけに依存しない制作体制へ移行しました。
トラック・リスト
Side 1
- ホワット・ユー・アー・ミッシング(What You're Missing) - 4:09
- あなたの気持ち(Waiting for You to Decide) - 4:05
- バッド・アドヴァイス(Bad Advice) - 2:57
- チェインズ(Chains) - 3:22
- 素直になれなくて~ゲット・アウェイ(Hard to Say I'm Sorry / Get Away) - 5:08
Side 2
- フォロー・ミー(Follow Me) - 4:52
- ソニー・シンク・トゥワイス(Sonny Think Twice) - 4:00
- レスキュー・ユー(Rescue You) - 3:56
- ホワット・キャン・アイ・セイ(What Can I Say) - 3:48
- ラヴ・ミー・トゥモロウ(Love Me Tomorrow) - 5:06
制作陣と参加ミュージシャン
本作には、シカゴの基本メンバーに加え、フォスター人脈の実力派スタジオ・ミュージシャンが多数参加しています。
特にTOTOのスティーヴ・ルカサー(ギター)、デヴィッド・ペイチ(シンセサイザー)、スティーヴ・ポーカロ(シンセ/プログラミング)の参加は、当時のLAセッション界の最前線をそのまま持ち込んだようなものです。
「Hard to Say I’m Sorry」でも、フォスターのピアノ、ルカサーのギター、ペイチとポーカロのシンセが重要な役割を果たしました。
ビル・チャンプリンの存在も見逃せません。
本作は、彼が正式メンバーとして加わった最初のアルバムであり、彼の太くソウルフルな声とコーラス構築力は、セテラの高音域を補いながら、以後のシカゴのヴォーカル・アンサンブルを豊かにしました。
シカゴ
- ピーター・セテラ(Peter Cetera):ベース、アコースティック・ギター、ヴォーカル
- ビル・チャンプリン(Bill Champlin):ピアノ、キーボード、ギター、ヴォーカル
- ロバート・ラム(Robert Lamm):ピアノ、キーボード、パーカッション、ヴォーカル
- リー・ロックネイン(Lee Loughnane):トランペット、ホルン、コルネット、パーカッション、ヴォーカル
- ジェイムズ・パンコウ(James Pankow):トロンボーン、パーカッション、バック・ヴォーカル
- ウォルター・パラゼイダー(Walter Parazaider):サックス、フルート、クラリネット
- ダニー・セラフィン(Danny Seraphine):ドラムス、パーカッション
ゲスト・ミュージシャン
- デヴィッド・フォスター(David Foster):キーボード
- クリス・ピニック(Chris Pinnick):ギター
- スティーヴ・ルカサー(Steve Lukather):ギター
- マイケル・ランドウ(Michael Landau):ギター
- デヴィッド・ペイチ(David Paich):シンセサイザー
- スティーヴ・ポーカロ(Steve Porcaro):シンセサイザープログラミング
- デイヴ・リチャードソン(Dave Richardson):"What Can I Say"の作詞補助

反響と特筆点
アルバムはBillboard 200で最高9位に達し、発売から約6か月でプラチナ認定を獲得したと報じられています。
シングル「Hard to Say I’m Sorry」はBillboard Hot 100で2週連続1位を記録し、シカゴを再び大衆的なヒット・バンドの中心へ押し戻しました。
特筆すべきなのは、『Chicago 16』が「シカゴらしさ」を固定した作品ではなく、むしろその定義を変更した作品である点です。
ブラスを擁するロック・バンドとしての過去を知るほど、ホーンが控えめなことに驚くかもしれません。
しかし、その代わりに本作は、セテラの歌唱、フォスターの構築美、TOTO周辺の演奏力、シカゴ本来のアンサンブル能力を結びつけ、80年代のポップ市場で通用する新しいシカゴ像を提示しました。
以後の『Chicago 17』へ連なる、フォスター時代の出発点として聴くと、その意義はいっそう鮮明です。
Citations:
https://chicagotheband.com/js_albums/chicago-16/
https://music.apple.com/us/album/chicago-16-expanded/1108571161
https://ultimateclassicrock.com/chicago-16/
https://sessiondays.com/2015/11/25/1982-chicago-hard-to-say-im-sorry/
https://www.discogs.com/release/1596747-Chicago-Chicago-16
https://chicagohome.de/Chicago_New/Chicago_Albums_Chicago_16.html



