ロキシー・ミュージック『カントリー・ライフ』

1974年11月にリリースされたRoxy Music(ロキシー・ミュージック)の4枚目のスタジオ・アルバム『Country Life』(カントリー・ライフ)は、バンドのキャリアにおいて重要な作品の一つとして評価されています。前作『ストランデッド』のスタイルをさらに発展させ、音楽的な多様性とエネルギー、そして独自の美学を融合させた本作は、ロキシー・ミュージックというバンドの本質を表現した作品です。
『Country Life』(カントリー・ライフ)のコンセプト
アルバムタイトル『カントリー・ライフ』は、英国の同名の上流階級向け雑誌から着想を得ています。この雑誌は貴族や富裕層の牧歌的な生活を描いていますが、ブライアン・フェリーが本作で描いたのは、そのイメージの裏にあるヨーロッパ大陸のデカダンス(退廃)や倦怠、そして刹那的な快楽主義でした。
歌詞の世界観は、世界を飛び回る富裕層のパーティー、失われた愛、ヨーロッパのキャバレー文化などを反映しています。フェリーは歌詞を執筆するためにポルトガルに滞在しており、その経験がアルバム全体の異国情緒やロマンチシズムに繋がりました。これは単なるイギリスの田舎暮らしではなく、洗練されていながらも道徳的な境界線が曖昧な、想像上のヨーロッパという「精神的な田園」への逃避行を描いたものです。オープニング曲「The Thrill of It All」で引用されたドロシー・パーカーの詩の一節 "You might as well live"(どうせなら生きるしかない)は、本作のテーマを示しています。
音楽性とサウンドの特徴:多様性とバンドの一体感
『カントリー・ライフ』のサウンドは、前作以上に多彩です。バンドはハードロック、アヴァンギャルド、ポップ、ヨーロピアンなバラード、ブギウギ、カントリー・ロックまで、幅広い音楽スタイルを取り入れ、それらを一つの作品としてまとめています。
エネルギーと複雑な構成
アルバムは、フェリーのピアノとポール・トンプソンの力強いドラム、フィル・マンザネラの鋭いギターが一体となって進む「The Thrill of It All」で始まります。この曲は、初期ロキシー・ミュージックのエネルギーと、成熟期の計算されたアレンジが融合した、エネルギッシュなロック曲です。
新ベーシスト、ジョン・ガスタフソンの貢献
本作から参加したベーシスト、ジョン・ガスタフソン(John Gustafson)は、アルバムのサウンドに大きな影響を与えました。彼の力強くメロディアスなベースラインは、バンドのアンサンブルに新たなグルーヴと推進力をもたらしています。「The Thrill of It All」や「Casanova」における彼の演奏は、楽曲の土台を支えるだけでなく、他の楽器と対等に渡り合う存在感を示しています。
各メンバーの役割
アンディ・マッケイのサックスとオーボエは、ジャズの要素や独特の雰囲気を楽曲に与えています。「Out of the Blue」で聴けるオーボエの印象的なリフはその一例です。この曲の後半で演奏されるエディ・ジョブソンのエレクトリック・ヴァイオリン・ソロは、アルバムの聴きどころの一つであり、プログレッシブ・ロックの要素を加えています。フィル・マンザネラのギターも、鋭いリフから空間的なエフェクトを駆使した演奏まで、表現の幅を広げました。ブライアン・フェリーのボーカルとキーボードは、楽曲のドラマ性を演出し、ヨーロッパ的な雰囲気を醸し出す上で中心的な役割を果たしました。
多様な音楽スタイル
「Bitter-Sweet」ではドイツ語の歌詞を取り入れ、ワイマール共和国時代のキャバレー音楽のような雰囲気を作り出しています。この歌詞は、フェリーがポルトガルで出会い、後にジャケットのモデルとなるドイツ人ファンが翻訳を手伝いました。一方で、「If It Takes All Night」ではブルース・ブギを、「Prairie Rose」ではテキサスを舞台にしたカントリー・ロックに挑戦するなど、アメリカ音楽の要素も見られます。この多様性が、『カントリー・ライフ』の魅力の一つとなっています。
参加ミュージシャン
『カントリー・ライフ』のレコーディングは、以下のメンバーによって行われました。
- ブライアン・フェリー(Bryan Ferry) – ヴォーカル、キーボード、ハーモニカ
- アンディ・マッケイ(Andy Mackay) – オーボエ、サクソフォーン
- フィル・マンザネラ(Phil Manzanera) – ギター
- ポール・トンプソン(Paul Thompson) – ドラムス
- エディ・ジョブソン(Eddie Jobson) – ストリングス、シンセサイザー、キーボード、ヴァイオリン
- ジョン・ガスタフソン(John Gustafson) – ベース
エディ・ジョブソンの多彩な才能と、新たに加わったジョン・ガスタフソンのベースプレイが、この時期のロキシー・ミュージックのサウンドを特徴づけています。
ジャケットデザインをめぐる論争
『カントリー・ライフ』は、そのジャケットによって物議を醸したアートワークの一つです。
写真家エリック・ボーマン(Eric Boman)が撮影したこの写真は、シースルーのランジェリーを身につけた二人の女性、コンスタンツェ・カロリ(Constanze Karoli)とエヴェリーネ・グルンヴァルト(Eveline Grunwald)が、木々の前でポーズをとっているものです。彼女たちは、フェリーがポルトガルで出会ったファンでした。
この写真は発売当時、大きな論争を呼びました。アメリカ、スペイン、オランダなど多くの国で、このジャケットは検閲の対象となりました。アメリカの配給元であったアトコ・レコードは、最終的に二人の女性を削除し、背景の茂みだけを写した代替ジャケットでアルバムをリリースするという異例の措置を取りました。
このスキャンダルは、結果としてアルバムの知名度を高めることになりました。この挑発的なイメージは、アルバムが持つ音楽性を象徴しており、大きな話題を呼ぶことで宣伝効果を生みました。『カントリー・ライフ』は、このジャケット論争も一因となり、ロキシー・ミュージックのアルバムとして初めて全米トップ40入りを果たしました。

発表時の反響と後世への影響
『カントリー・ライフ』は1974年11月にリリースされると、批評家から高く評価されました。英国のアルバムチャートでは最高3位を記録し、米国ではビルボード200で最高37位に達し、バンドにとってアメリカでの成功の足掛かりとなりました。
当時の『ローリング・ストーン』誌は、前作『ストランデッド』と本作を並べて「同時代のブリティッシュ・アート・ロックの頂点」と評しました。フェリーが扱うテーマを、難解になりすぎないストレートな楽曲として提示している点が評価されました。
後年の評価も高く、多くのメディアがロキシー・ミュージックの代表作の一つとして本作を挙げています。その音楽的な一貫性と、ハードなロックとヨーロッパ的な叙情性の優れたバランスは、本作の大きな特徴です。『ローリング・ストーン』誌が発表した「史上最高のアルバム500」にも選出されています。
総括
『カントリー・ライフ』は、ロキシー・ミュージックがそのキャリアの中で生み出した、優れたバランスを持つアルバムです。初期の実験精神を保ちながら、ロック・アルバムとしての完成度を高めました。議論を呼んだアートワーク、多様な音楽性が交錯するサウンド、そして洗練と野性が同居する楽曲群。そのすべてが一体となり、70年代の音楽シーンを代表する文化的な作品の一つとなっています。




