ポール・マッカートニー&ウイングス『バンド・オン・ザ・ラン』

『Band on the Run』(バンド・オン・ザ・ラン)は、Paul McCartney & Wings(ポール・マッカートニー&ウイングス)による1973年発表のアルバムで、ポール・マッカートニーがビートルズ解散後に発表した作品の中で最も高く評価されているものの一つです。
『Band on the Run』のコンセプト
アルバム全体に「脱出」や「自由」といったテーマが通底していますが、厳密な意味でのコンセプト・アルバムではなく、「バンドが脱走する」というイメージがアルバムの冒頭から終盤まで緩やかに繰り返される構成です。マッカートニー自身も「スレッド(糸)はあるが、コンセプトではない」と語っており、冒頭の主人公が閉じ込められていて、そこから抜け出すという物語的な流れがあると説明しています[1][6][4]。
音楽性・サウンドの特徴
『バンド・オン・ザ・ラン』は、ビートルズ時代の『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』や『Abbey Road』を彷彿とさせる多彩な構成とアレンジが特徴です。ロック、ポップ、バラード、カントリー、ファンクなど様々なジャンルを横断し、オーケストレーションや多重録音を駆使したサウンドが展開されます。特にタイトル曲「Band on the Run」は三部構成のメドレーであり、アコースティックギター、カントリー風のスライドギター、三声コーラスなどが融合した、カリフォルニア・ロックにも通じるサウンドを持ちます[2][5]。
アルバム全体を通して、マッカートニーのメロディメーカーとしての才能、ポップセンス、そして多重録音による厚みのあるハーモニーが際立っています。オーケストラ・アレンジはTony Viscontiが担当し、60人編成のオーケストラが一日で録音されるなど、贅沢かつダイナミックなサウンドが実現しました[1][2][4]。
制作時のエピソード
制作は非常に波乱に富んでいました。アルバムの大部分は、ポールの「異国情緒ある場所で録音したい」という希望からナイジェリア・ラゴスのEMIスタジオで行われました。しかし、出発直前にドラマーのデニー・シーウェルとギタリストのヘンリー・マカロックが突然脱退し、マッカートニー夫妻とデニー・レインの三人だけで現地入りすることになります[1][3][5]。
ラゴスのスタジオは設備が貧弱で、治安も悪く、マッカートニー夫妻はナイフを突きつけられて強盗に遭い、歌詞ノートやデモテープを奪われるという事件も発生。さらにマッカートニーは録音中に体調を崩し、気を失って医師の診察を受ける事態にもなりました[3][4]。
それでも三人は録音を続け、マッカートニーがベース、ドラム、リードギターなど多くのパートを担当。ロンドンに戻った後、AIRスタジオでオーバーダビングとオーケストラ録音が行われ、最終的な仕上げがなされました[1][4][6]。
参加ミュージシャン
ウイングス
- ポール・マッカートニー(Paul McCartney):ベース、ドラム、リードギター、アコースティックギター、ピアノ、ボーカル、プロデューサー
- リンダ・マッカートニー(Linda McCartney):キーボード、バックコーラス、モーグ・シンセサイザー
- デニー・レイン(Denny Laine):リズムギター、ボーカル、バックコーラス
ゲスト・ミュージシャン
- ハウイー・ケイシー(Howie Casey):サックス(「Bluebird」「Mrs. Vandebilt」「Jet」)
- レミ・カバカ(Remi Kabaka):パーカッション(「Bluebird」)
- ジンジャー・ベイカー(Ginger Baker):パーカッション(「Picasso's Last Words」)
- イアン・ホーン(Ian Horne):バックコーラス(「No Words」)/ウイングスのローディー
- トレバー・ジョーンズ(Trevor Jones):バックコーラス(「No Words」)/ウイングスのローディー
- トニー・ヴィスコンティ(Tony Visconti):オーケストレーション
- ジョージ・マーティンのAIRスタジオのエンジニア陣(ジェフ・エメリック他)
発表時の反響
発売当初は売上が緩やかでしたが、シングル「Jet」「Band on the Run」のヒットにより、イギリスとオーストラリアで1974年の年間売上1位を記録。アメリカでも大ヒットとなり、マッカートニーの評価を大きく回復させました[1][6]。
批評家からも高評価を受け、NME誌は「マッカートニーが見事に名誉を回復した」と絶賛。Rolling Stone誌は「ビートルズ解散後の4人の中で最高の作品」と評し、1974年のアルバム・オブ・ザ・イヤーにも選出。グラミー賞「Best Pop Vocal Performance By a Duo, Group or Chorus」も受賞しています[1][6]。

ジャケット・デザイン
アルバムのカバーアートは、クライブ・アロウスミス(Clive Arrowsmith)が撮影し、ヒプノシス(ストーム・ソーガーソン)がアートディレクションを担当しました[15][20]。刑務所の脱走劇を模した設定で、ポール、リンダ、デニーの3人に加え、マイケル・パーキンソン(Michael Parkinson、トークショーの司会者)やジェームズ・コバーン(James Coburn、俳優)、クリストファー・リー(Christopher Lee、俳優[ドラキュラ伯爵役が有名])など、当時のイギリスの著名人6人も“囚人”として参加しています[15][20]。真っ暗な背景にスポットライトを浴びた9人が円形に並ぶ写真は、映画『ハリウッドの脱獄映画』を彷彿とさせるデザインで、今なお語り継がれるアイコンとなっています[15][20]。
特筆すべきこと
- 制作時の困難(バンドメンバーの脱退、強盗事件、健康トラブルなど)を乗り越えて完成したアルバムであり、マッカートニーの音楽家としての柔軟性と創造力が結実した作品です[3][4]。
- タイトル曲「Band on the Run」は、ビートルズ時代のアップル・コア社の経営問題に関するジョージ・ハリスンの発言から着想を得ており、当時のマッカートニーの心情や時代背景とも重なっています[1][6]。
- ジャケット写真は、著名人が「脱走犯」として登場するユーモラスなもので、アルバムのテーマ性を象徴しています。
- その後もリマスターや記念盤が多数リリースされ、ポール・マッカートニーのソロキャリアの中でも最も愛される作品の一つとなっています[1]。
『バンド・オン・ザ・ラン』は、逆境を力に変えた創造性と、ポップミュージックの歴史に残るサウンドが融合した、マッカートニーのキャリアを象徴するアルバムです。









Citations:
- https://en.wikipedia.org/wiki/Band_on_the_Run
- https://en.wikipedia.org/wiki/Band_on_the_Run_(song)
- https://www.thisdayinmusic.com/liner-notes/band-on-the-run/
- https://dcsaudio.com/edit/revisiting-paul-mccartney-wings-band-on-the-run
- https://www.reddit.com/r/LetsTalkMusic/comments/t3okhx/lets_talk_about_band_on_the_run_by_wings/
- https://www.the-paulmccartney-project.com/album/band-on-the-run/
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3
- https://www.goldradio.com/artists/paul-mccartney/band-on-the-run-wings-lyrics-meaning/
- https://everyrecordtellsastory.com/2022/10/30/paul-mccartney-wings-and-the-making-of-band-on-the-run/
- https://music.apple.com/us/album/band-on-the-run-2010-remaster/1443413822
- https://inreview.com.au/inreview/2024/02/19/band-on-the-run-the-albums-forgotten-and-sometimes-harrowing-back-story/
- https://www.jpgr.co.uk/pas10007.html
- https://rockandrollglobe.com/beatle/band-on-the-run-reissued-for-its-50th-anniversary/
- https://www.youtube.com/watch?v=KcU8YvU5IDo
- https://faroutmagazine.co.uk/famous-faces-cover-wings-band-on-the-run/
- https://www.universal-music.co.jp/paul-mccartney/products/575-6752/
- https://www.the-paulmccartney-project.com/session/the-story-of-band-on-the-run-session/
- https://www.reddit.com/r/todayilearned/comments/1dpmvc8/til_that_paul_mccartney_and_wings_third_album/
- https://www.paulmccartney.com/news/wings-the-story-of-a-band-on-the-run-coming-4-november-2025
- https://www.radiox.co.uk/features/paul-mccartney-wings-band-on-the-run-album-songs-making-of/