オールマン・ブラザーズ・バンド『熱風』

オールマン・ブラザーズ・バンド『熱風』
オールマン・ブラザーズ・バンド(The Allman Brothers Band)『熱風』(Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas)

『Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas』(邦題:熱風)は、The Allman Brothers Band(オールマン・ブラザーズ・バンド)が1976年に発表したライブアルバムです。このアルバムは、1972年の大晦日から1975年10月までの期間に録音されたライブ演奏から11曲を厳選して収録しています[3]。

『Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas』(邦題:熱風)の制作背景とコンセプト

このアルバムの制作は、バンドメンバーの積極的な意思によるものではありませんでした。
1976年、オールマン・ブラザーズ・バンドは内部崩壊の危機に瀕していました。ギタリストのディッキー・ベッツとキーボーディストのチャック・リーヴェルは、グレッグ・オールマンのヘロイン中毒と、彼の当時の妻シェールとの派手なセレブリティ・ライフスタイルに不満を募らせていました。
決定打となったのは、バンドのローディーであったスクーター・ヘリングが麻薬密売の罪で起訴された際、グレッグ・オールマンが司法取引に応じてヘリングに不利な証言をしたことでした。これを裏切りと見なした他のメンバー、特にベッツとの関係は修復不可能なレベルまで悪化し、バンドは事実上の解散状態に陥ります。

しかし、バンドには所属レーベルであるキャプリコン・レコードとの契約が残っていました。この契約上の義務を果たすため、レーベルと長年のプロデューサーであるトム・ダウドが主導し、過去のライブ音源をまとめたアルバムをリリースすることが決定されます。つまり本作は、バンドの創造的なエネルギーが結集した作品というよりは、活動休止期間中の「穴埋め」として、また契約履行のために編纂されたものだったのです。

アルバムタイトル『Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas』(窓を拭いて、オイルをチェックして、1ドル分のガスをくれ)は、ギタリストのディッキー・ベッツがツアーバスの運転手との何気ない会話から引用した言葉です。終わりのないツアーの移動中に繰り返される日常的なフレーズは、当時のバンドが感じていたであろうツアー生活の倦怠感や単調さを象徴しているかのようです。

音楽性とサウンドの特徴

本作に収録されている音源は、1972年後半から1975年にかけての様々な公演から選ばれています。この時期は、創設メンバーであるデュアン・オールマン(ギター)とベリー・オークリー(ベース)の相次ぐ死という悲劇を乗り越え、新メンバーとしてチャック・リーヴェル(ピアノ)とラマー・ウィリアムズ(ベース)を迎えた、いわゆる「第二期黄金時代」にあたります。

このラインナップがもたらしたサウンドの変化は劇的でした。

  • ジャズ/フュージョンからの影響: チャック・リーヴェルの流麗かつ卓越したピアノは、バンドのサウンドに新たな次元を加えました。彼のジャズ的なフレージングやインプロヴィゼーションは、従来のブルースロックを基調としたサウンドをより洗練させ、フュージョンに近い領域へと押し広げました。特に「Jessica」や「Elizabeth Reed」といったインストゥルメンタル曲でのディッキー・ベッツのギターとの相互作用は、この時期のバンドのハイライトと言えます。
  • 『At Fillmore East』との比較: 『At Fillmore East』が、デュアン・オールマンの鋭利なスライドギターを軸とした、荒々しくも濃密なツインギター・ブルースロックの頂点であったのに対し、本作のサウンドはよりメロディアスで、アンサンブル全体がより精緻に構築されています。ギターはディッキー・ベッツ一人となりましたが、その分彼のプレイはより歌心にあふれ、リーヴェルのピアノとの対話が新たな聴きどころを生み出しています。
  • 安定したリズムセクション: ラマー・ウィリアムズのベースは、ベリー・オークリーの奔放でメロディックなスタイルとは対照的に、堅実でグルーヴに徹したプレイでバンドの土台を支えました。そして、ブッチ・トラックスとジェイ・ジョハンソンのツインドラムが生み出す複雑で強力なポリリズムは、依然としてバンドの推進力の中核を担っています。

特筆すべき点として、以下の楽曲が挙げられます:

  • 「Wasted Words」
  • 「Southbound」
  • 「Ramblin' Man」
  • 「In Memory of Elizabeth Reed」

これらの曲は、バンドの代表作であり、ライブパフォーマンスならではの熱気と即興性が加わることで、スタジオ録音とは異なる魅力を放っています。

参加ミュージシャン

このアルバムには、オールマン・ブラザーズ・バンドの第3期ラインナップが参加しています[6]。主なメンバーは以下の通りです:

  • グレッグ・オールマン(Gregg Allman):ボーカル、キーボード
  • ディッキー・ベッツ(Dickey Betts):リードギター
  • チャック・リーベル(Chuck Leavell):ピアノ、エレクトリック・ピアノ
  • ラマー・ウィリアムス(Lamar Williams):ベース
  • ジェイモー[ジェイムー・ジョハンソン](Jaimoe[Jai Johanny Johanson):ドラムス、パーカッション
  • ブッチ・トラックス(Butch Trucks):ドラムス、パーカッション

このラインナップは、デュアン・オールマンとベリー・オークリーの死後に再編成されたものであり、バンドの新たな方向性を示しています。

制作時のエピソードと発表時の反響

『Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas』は、バンドが1976年に一時解散する直前に発表されました。しかし、制作過程や発表時には様々な問題が生じていました[1]:

否定的な意見の多くは、本作を避けがたく『At Fillmore East』と比較するものでした。「魂が感じられない」「バンドの承認なしに作られた」「寄せ集めの音源」といった批判が寄せられ、特にバンドが解散状態にあったことから、その終焉を象徴する作品と見なされることもありました。

  1. バンドメンバーが選曲に満足していなかった
  2. アルバムのサウンドミキシングの質が低かった
  3. パッケージングが基準以下だった

これらの要因により、アルバムは発売当初、期待されていたほどの評価を得ることができませんでした。

一方で、肯定的な評価も数多く存在します。リーヴェルとウィリアムズが加入したラインナップによる唯一の公式ライブ盤として、その演奏の質の高さを称賛する声は根強くあります。AllMusicのレビューでは、「『At Fillmore East』の続編としては物足りないかもしれないが、それ自体は非常に優れたコンサート・アルバムである」と評されており、特に「Ain't Wastin' Time No More」や「Wasted Words」といった曲でのグレッグ・オールマンのエモーショナルなボーカルや、バンド全体のタイトな演奏を高く評価しています。

特筆すべき点

  1. ライブパフォーマンスの魅力: スタジオ録音では捉えきれないバンドの即興性と演奏力が存分に発揮されています。
  2. 楽曲の多様性: 初期のアルバムから『Brothers and Sisters』までの幅広い楽曲が収録されており、バンドの音楽的変遷を一枚で体験できます[7]。
  3. 歴史的価値: このアルバムは、バンドの黄金期から解散直前までの重要な時期を記録しており、The Allman Brothers Bandの歴史を語る上で欠かせない作品となっています。
  4. 再評価: 発売当初は評価が分かれましたが、現在では多くのファンや批評家から高い評価を受けています。
  5. サウンドクオリティ: 当時のライブ録音技術の限界はありますが、バンドの生々しい演奏と会場の雰囲気が見事に捉えられています。

特筆すべきは、本作がオールマン・ブラザーズ・バンドの歴史の重要な転換点を記録した媒体であるという点です。デュアン・オールマン時代のブルースロックから、よりジャズやカントリーの要素を取り入れた洗練されたサウンドへと移行していく過程が、ライブという生々しい形で収められています。バンド自身は不本意なリリースであったと公言していますが、結果として、この時期の彼らの卓越した演奏能力と音楽的進化を後世に伝える貴重な記録となりました。

後にバンドは再結成を果たし、数多くのライブ盤が発掘・リリースされることになりますが、本作は長い間、チャック・リーヴェルとラマー・ウィリアムズが在籍した時代のパフォーマンスを公式に聴くことができるほぼ唯一の作品でした。その意味で、『Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas』は、単なる契約履行アルバムという出自を超え、オールマン・ブラザーズ・バンドという巨大な音楽的生命体の、ある一時期の輝きを捉えた重要な一枚として、今なお聴き継がれています。

Citations:
[1] https://en.wikipedia.org/wiki/Wipe_the_Windows,_Check_the_Oil,_Dollar_Gas
[2] https://open.spotify.com/album/6KwtaRrXOqjqz1QD3VCa8h
[3] https://www.universal-music.co.jp/allman-brothers/products/478-1336/
[4] https://tower.jp/item/4295961
[5] https://www.discogs.com/ja/release/4697820-The-Allman-Brothers-Band-Wipe-The-Windows-Check-The-Oil-Dollar-Gas
[6] https://www.youtube.com/watch?v=K5PRQlB_SVE
[7] https://starlingdb.org/music/allmans.htm
[8] https://www.discogs.com/master/25208-The-Allman-Brothers-Band-Wipe-The-Windows-Check-The-Oil-Dollar-Gas
[9] https://music.apple.com/jp/album/wipe-the-windows-check-the-oil-dollar-gas-live/1442987814

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