ABC『ルック・オブ・ラブ』

ABCの『The Lexicon of Love』(邦題:ルック・オブ・ラブ)は、単なる80年代ポップの名盤ではなく、失恋や愛の熱量を、知的で皮肉っぽく、それでいて高揚感のあるサウンドに結晶させた作品です。
ABC自身はディスコやポストパンク、さらに50〜60年代のショウ・チューンの感覚を混ぜ合わせようとしており、その狙いがアルバム全体の「恋愛の辞典(The Lexicon of Love)」という題名にも表れています 。
アルバムのコンセプト:恋愛の辞典(The Lexicon of Love)とは?
このアルバムは、ABCの中心人物マーティン・フライが語るように、恋愛の成功よりも失敗、憧れ、痛みをめぐる感情を軸にしています。
ただしフライは、厳密な意味でのコンセプト・アルバムだとは認めておらず、むしろ各曲が「愛の小さな劇場」のように並ぶ、ゆるやかな統一感を持つ作品と考えるのが近いでしょう 。
批評でも、各曲が独立しながらも、全体として一つの恋愛ドラマを描いている点が高く評価されています 。
音楽性と音の特徴
音の核にあるのは、シック風の流麗なベース、きらびやかなストリングス、そしてシンセと打ち込みの精密な質感です。
BBCはこのアルバムを「英国ポップの金字塔」と呼び、80年代的な電子ドラムの硬さと、ファンキーで洗練されたベースラインが今なお鮮烈だと評しています 。
AllMusicも、トレヴァー・ホーンのプロダクションを「dense and noisy, but frequently beautiful」と表現し、華美なのに感情の芯がある点を強調しました 。
制作の舞台裏
制作はロンドンのSarm Eastを中心に、Abbey Road、Townhouse、RAK、Good Earthなど複数のスタジオで進められました。
プロデュースはトレヴァー・ホーン、エンジニアはゲイリー・ラングラン、オーケストレーションはアン・ダドリー、フェアライトCMIのプログラミングはJ・J・ジェクザリクが担当し、のちに彼らはArt of Noiseへとつながっていきます 。
フライは、作業が短い時間で機敏に進み、各スタジオをバスで行き来しながら完成させたと振り返っており、緻密さと勢いが同居した制作だったことがうかがえます 。
印象的なエピソードとして、「The Look of Love」第2ヴァースで聞こえる女性の「グッバイ」という声は、マーティン・フライを実際に振った元恋人本人のカレン・クレイトンが録音したものです。
ホーンが「こういうことは本物にしなければ」と提案したもので、フライの失恋体験がそのまま作品に刻まれています。
参加ミュージシャンとArt of Noiseへの系譜
演奏面でも豪華で、ABCの中核メンバーに加え、アン・ダドリーの鍵盤とオーケストレーション、ジェクザリクのFairlight、ブラッド・ラングのベース、複数のブラス奏者やハープ奏者が参加しています 。
特にダドリーの管弦楽的な発想は、アルバムを単なるシンセ・ポップに終わらせず、映画音楽のような広がりを与えています 。
ABC
- マーティン・フライ(Martin Fry):リードボーカル
- マーク・ホワイト(Mark White):キーボード、ギター
- マーク・リックリー(Mark Lickley):ベース
- スティーヴン・シングルトン(Stephen Singleton):サックス
- デヴィッド・パーマー(David Palmer):ドラムス、パーカッション
- デヴィッド・ロビンソン(David Robinson):「Tears Are Not Enough」のシングル版とデモ版でドラムを担当
ゲスト・ミュージシャン
- アン・ダドリー(Anne Dudley):キーボード、オーケストレーション
- J.J.ジェザリック(JJ Jeczalik):Fairlight CMIプログラミング
- ブラッド・ラング (Brad Lang):ベースギター
- ルイス・ジャルディン(Luis Jardim):追加のパーカッション[アルバムノートでは「Louis Jardin」と誤って綴られています]
- アンディ・グレイ(Andy Gray):トロンボーン(4)
- キム・ウェア(Kim Wear):トランペット
- ジョン・サーケル(John Thirkell):トランペット(2、6)、フリューゲルホルン(2、6)
- ゲイナー・サドラー(Gaynor Sadler):ハープ
- カレン・クレイトン (Karen Clayton):女性の声(2)
- テッサ・ウェッブ(Tessa Webb):女性リードボーカル (7)
トラック・リスト
Side 1
- ショウ・ミー(Show Me) - 4:02
- ポイズン・アロウ(Poison Arrow) - 3:24
- メニー・ハッピー・リターンズ(Many Happy Returns) - 3:56
- 涙まだまだ(Tears Are Not Enough) - 3:31
- ヴァレンタイン・デイ(Valentine's Day) - 3:42
Side 2
- ルック・オブ・ラヴ[パート1](The Look of Love[part one]) - 3:26
- デイト・スタンプ(Date Stamp) - 3:51
- 我が心のすべてを(All of My Heart) - 5:12
- 4エヴァー・2ギャザー(4 Ever 2 Gether) - 5:30
- ルック・オブ・ラヴ[パート4](The Look of Love[part four]) - 1:02
発表時の反響
アルバムは1982年に全英アルバム・チャート1位を獲得し、4枚のシングルが英国トップ20入りしました。
評価も高く、BBCは「ダンス音楽がこれほど知的だったことは稀だ」と述べ、ロサンゼルス・タイムズも、歌のスケール感とフックの多さを絶賛しています。
一方で、フライの歌唱を「退廃的」と見る批評もあり、洗練されたスタイルが賛否を呼んだこともこの作品らしさでした。

特筆すべき点
『The Lexicon of Love』の特筆点は、80年代ポップでありながら、古典的な恋愛歌の気品と、ダンス・ミュージックの推進力を両立させたことです。
しかもその華麗さは空虚ではなく、痛みや自己演出の滑稽さまで含んだ、かなり文学的なポップとして成立しています。
後年の再評価も非常に高く、80年代英国ポップの基準作、あるいは「ニュー・ポップ」の代表格として語られ続けているのは、その完成度の高さゆえでしょう 。
[Citations]
- https://en.wikipedia.org/wiki/The_Lexicon_of_Love
- https://www.bbc.co.uk/music/reviews/668c/
- https://www.soundonsound.com/techniques/classic-tracks-abc-look-love
- https://thestrangebrew.co.uk/interviews/martin-fry-abc/
- https://poprescue.com/2015/05/06/pop-rescue-lexicon-love-abc-cd-1982/
- https://www.facebook.com/ClassicPopMag/posts/on-this-day-in-1982-abcs-debut-lp-the-lexicon-of-love-entered-the-uk-albums-char/1155571449919662/
- https://www.udiscovermusic.com/stories/lexicon-of-love-easy-as-abc/

