マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』

ジャズの常識を塗り替えた永遠の名盤、『Kind of Blue』
ジャズの世界に足を踏み入れるなら、誰もが一度は耳にするであろう金字塔、マイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』(カインド・オブ・ブルー)。1959年8月17日に産声を上げたこのアルバムは、なぜ60年以上経った今もなお「史上最高のジャズ・アルバム」と称賛され続けるのでしょうか?
なぜ『Kind of Blue』は革命だったのか?―「モード・ジャズ」という名の解放
このアルバムの核心は、「モード・ジャズ」という革新的なアプローチにあります。それまでのジャズ、特にビバップやハードバップは、めまぐるしく変わる複雑なコード進行の上で即興演奏を行うのが主流でした。それはスリリングである一方、演奏者をコードという“縛り”につなぎとめるものでした。
マイルス・デイヴィスは、その「コードの呪縛」から演奏者を解き放つことを目指します。特定の音階(スケール)である「モード(旋法)」を提示するだけで、あとは演奏家の感性に委ねる。これにより、コード進行という“レール”から解放されたプレイヤーたちは、まるで広大なキャンバスに自由に絵を描くように、メロディと響きそのものを深く探求できるようになったのです。
静寂さえも音楽にする。サウンドの深淵に迫る
『Kind of Blue』のサウンドは、それまでのジャズとは一線を画す独特の雰囲気を持っています。
- モード奏法が拓いた即興の頂点
アルバム全体を貫くのは、シンプルなスケッチ(指示)から生まれる無限の創造性です。伝統的な「コード中心」の即興から脱却し、各プレイヤーの個性と閃きが最大限に引き出される構造は、まさに即興芸術の極致と言えるでしょう。 - “間”が生み出すクールな空間美
コードチェンジが少ないことで生まれたのは、豊かな「間」と「響き」の空間。各楽器が切迫することなく、まるで“呼吸”をするように自然な旋律を紡ぎ出します。ビル・エヴァンスが奏でるピアノの深みのある和音、サックスの息遣いが聞こえるような透明感、そして全体を包む静けさと、その中に潜むピリリとした緊張感。これらが混然一体となり、聴く者をクールで知的な音響空間へと誘います。 - クラシックと民族音楽の知的な響き
このアルバムの知的な雰囲気には、ピアニスト、ビル・エヴァンスの存在が不可欠でした。彼のバックグラウンドであるドビュッシーやラヴェルといったクラシック音楽の印象主義的な響きや、特定の和声に依存しない民族音楽の美しさが、アルバム全体に洗練された彩りを加えています。
奇跡はスタジオで生まれた ― 伝説のレコーディング秘話
『Kind of Blue』の奇跡は、その制作過程そのものにありました。
- リハーサルなし、ほぼ一発録りのスリル
マイルスは意図的にリハーサルをほとんど行わず、スタジオでメンバーに簡単なスケッチを渡しただけでした。ほとんどの楽曲がほぼ“初回テイク”で収録されており、その場のインスピレーションと緊張感がそのまま記録されています。特に「Flamenco Sketches」は完全なワンテイクで収録された、奇跡の演奏です。 - 二人の天才ピアニストの競演
メインピアニストは知的なビル・エヴァンスですが、ブルース・ナンバー「Freddie Freeloader」だけは、より土着的でソウルフルなウィントン・ケリーが起用されました。この絶妙な人選が、アルバムに多様な彩りを与えています。
参加ミュージシャン
この歴史的セッションに参加したメンバーは、まさにジャズの伝説そのものです。
- マイルス・デイヴィス(Miles Davis) - トランペット
- ジョン・コルトレーン(John Coltrane) - テナー・サックス
- キャノンボール・アダレイ(Cannonball Adderley) - アルト・サックス(on1.,2.,4.,5.,6.)
- ビル・エヴァンス(Bill Evans) - ピアノ(on1.,3.,4.,5.,6.)
- ウィントン・ケリー(Wynton Kelly) - ピアノ(on2.)
- ポール・チェンバース(Paul Chambers) - ベース
- ジミー・コブ(Jimmy Cobb) - ドラム
それぞれが唯一無二の個性を持つ巨星であり、彼らの化学反応がこのアルバムを不滅のものにしました。

収録曲と内容
Side A
- ソー・ホワット(So What) - 9:22
- ポール・チェンバースの象徴的なベースラインで幕を開ける、モード・ジャズの“国歌”。ドリアン・モードの上で、各ソリストがクールかつ情熱的なソロを繰り広げます。
- フレディ・フリーローダー(Freddie Freeloader) - 9:46
- ウィントン・ケリーのピアノが光る、リラックスしたブルース。肩の力を抜いて楽しめる、粋な一曲です。
- ブルー・イン・グリーン(Blue In Green) - 5:37
- 夜の帳のような静寂と儚さに満ちた、ビル・エヴァンスとの共作とされるバラード。聴く者の心を深く捉えます。
Side B
- オール・ブルース(All Blues) - 11:33
- 優雅な6/8拍子に乗せて、ブルースのフィーリングがゆったりと漂う名演。寄せては返す波のようなリズムが心地よい。
- フラメンコ・スケッチ(Flamenco Sketches) - 9:26
- 5つの異なるモードを順番に演奏していく、即興の極致。プレイヤーたちの対話が、まるで移ろう風景のように美しく展開されます。
永遠の輝き ―『Kind of Blue』が残した功績とレガシー
発売当初は静かな評価でしたが、時と共にその真価が認められ、今や音楽史に燦然と輝く金字塔とされています。
- ジャズ史上最も売れたアルバム:米国で500万枚以上のセールスを記録(5×プラチナ認定)。
- 数々の栄誉:ローリング・ストーン誌「史上最高のアルバム500」で常にトップクラスにランクインし、全米議会図書館の「国家録音登録簿」にも収蔵されるなど、文化遺産としての価値も認められています。
- ジャンルを超えた影響力:ジャズに留まらず、ピンク・フロイドのリチャード・ライト、クインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコックなど、ロックやポップスのアーティストにも計り知れないインスピレーションを与え続けています。
何より、『Kind of Blue』は難解になりがちだったジャズの敷居を下げ、その普遍的な魅力を世界中に知らしめた功績があります。シンプルだからこそ奥深い。静かだからこそ雄弁。そのサウンドは、ジャズ初心者から熱心なファンまで、あらゆるリスナーを虜にするのです。
“A work of art that explains what jazz is.(ジャズとは何かを説明する芸術作品。)” ― Quincy Jones
“It’s another to practically create a new language of music.(音楽の新たな言語を実質的に創造することこそが、真に重要なことなのです。)” ― Chick Corea
今こそ聴くべき、音楽の奇跡
『Kind of Blue』は単なる一枚のアルバムではありません。それは、「自由」「個性」「即興」というジャズの魂を最も美しい形で結晶化させた、音楽の奇跡です。
コードの束縛から放たれたメロディが、静寂の中でいかに美しく響くか。この作品は、今も私たちに教えてくれます。まだ聴いたことがない方はもちろん、何度も聴き込んでいるファンの方も、この記事をきっかけに、改めてその深遠なる音の世界に浸ってみてはいかがでしょうか。
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC
- https://en.wikipedia.org/wiki/Kind_Of_Blue
- https://ameblo.jp/generalsato/entry-12770604174.html
- https://music.apple.com/us/album/kind-of-blue/268443092
- https://www.milesdavis.com/news/60-years-ago-miles-davis-completes-kind-of-blue/
- https://www.thatericalper.com/2024/11/06/5-surprising-things-about-miles-davis-kind-of-blue/
- https://www.last.fm/music/Miles+Davis/Kind+of+Blue/+wiki
- https://recommendedjazz.jazzpianopractice.net/miles-davis/kind-blue-miles-davis/
- https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/music/features/miles-davis-kind-of-blue-jazz-album-a8799061.html
- https://bestofjazz.org/miles-davis-kind-of-blue/
- https://www.milesdavis.com/news/miles-davis-kind-of-blue-60th-anniversary-of-the-first-recordings/
- https://note.com/modern_viola795/n/n7e6f7da17a33
- https://jazzfuel.com/kind-of-blue-miles-davis/
- https://www.jazzmessengers.com/en/79931/miles-davis/kindofblue
- https://www.reddit.com/r/musictheory/comments/qmc7ja/is_miles_davis_kind_of_blue_truly_modal/
- https://www.beatnikgroove.com/?pid=167091762
- https://cannonball-adderley.com/miles/miles07.htm
- https://faroutmagazine.co.uk/how-miles-davis-changed-music-with-kind-of-blue/
- https://www.mosaicrecords.com/miles-davis-kind-of-blue-mosaic-records/
- https://www.reddit.com/r/Jazz/comments/1gdf0t2/help_me_understand_kind_of_blue/


