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ジョン・コルトレーン『クル・セ・ママ』

ジョン・コルトレーン『クル・セ・ママ』
ジョン・コルトレーン(John Coltrane)『クル・セ・ママ』(Kulu Se Mama)

『Kulu Sé Mama』(クル・セ・ママ)は、John Coltrane(ジョン・コルトレーン)がスピリチュアルかつ「アフリカ回帰」的な志向を強めていた1965年の録音を集めて、1967年にインパルスから出したアルバムです。
コルトレーン生前に発売された最後のオリジナル・アルバムでもあり、フリー・ジャズ以降の過激さと、静けさや祈りの感覚が同居した、かなり特異な位置づけの作品になっていると思います。

コンセプトとスピリチュアルなテーマ

このアルバムは、1965年に行われた3つのセッションから編集されており、タイトル曲「Kulu Sé Mama(Juno Sé Mama)」と「Selflessness」はロサンゼルスでのセッション、「Vigil」「Welcome」はニュージャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されています。
テーマとしては、アフリカ系ディアスポラの精神性、祖先への敬意、そして「悟り」や「平安」に至るスピリチュアルな旅路が、アルバム全体の底流にあります。

特に「Welcome」について、コルトレーン自身が「闘いを通じて得た理解にようやく到達したときの感覚であり、平和の感覚だ」と説明しており、この曲が内面的な悟り=平安への「到着」を象徴していることがわかります。
批評家ナット・ヘントフはライナーノーツで、タイトル曲を「優しさと力、記憶と誇りが溶け合った、トランス的で儀礼的な音楽」と書き、自己の意識を高めるために絶えず「内なる努力」を続けるというコルトレーンの世界観を強調しています。

音楽性・サウンドの特徴

タイトル曲「Kulu Sé Mama」は、ドラマー/打楽器職人であり作曲者でもあるジュノ・ルイスの長大な自伝的な詩に基づいた作品で、ルイジアナ・クレオール語によるチャントと、複数のドラムやパーカッションが織りなすアフリカンなグルーヴが特徴です。
ベースがオスティナートを刻み、複数のドラマーとパーカッションがポリリズミックな土台を作る上で、コルトレーンとファラオ・サンダースの濃密なテナー・ソロ、タイナーのモーダルでうねるピアノが乗り、いわゆる「アストラル・ジャズ」の原型のようなサウンドになっています。

「Vigil」は、コルトレーンとエルヴィン・ジョーンズだけによるデュオに近いフォーマットで、かなりフリー寄りの緊張感の高い演奏です。
メロディやハーモニーよりも、スピリチュアルな叫びのようなサックスと、エルヴィンのポリリズム的なドラミングとの対話が中心で、「見張り(Vigil)」というタイトルどおり、精神的警戒や内的闘争を思わせるサウンドです。

「Welcome」は一転して、静謐でゆったりしたテンポのバラード的な曲で、タイナーの和声とギャリソンのベース、エルヴィンのブラシが柔らかいクッションを作り、その上でコルトレーンが長く息の長いフレーズを紡ぎます。
この曲は『Transition』のCDリイシューにも再収録されており、コルトレーンが混沌の後に見いだした「平和」の側面を象徴する代表曲のひとつとみなされています。

トラック・リスト

Side 1

  1. クル・セ・ママ(Kulu Sé Mama [Juno Sé Mama]) - 18:50

Side 2

  1. ヴィジル(Vigil) - 9:51
  2. ウェルカム(Welcome) - 5:24

参加ミュージシャンと編成

基本的には、マッコイ・タイナー(p)、ジミー・ギャリソン(b)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)を擁する「クラシック・カルテット」が土台ですが、そこにファラオ・サンダース(ts)、ドナルド・ギャレット(b, bass clarinet, perc)、フランク・バトラー(ds)、ジュノ・ルイス(vo, perc, conch shell)らが加わり、ほとんど「小オーケストラ」のような密度になります。
特にタイトル曲では、テナー2本、ベース2本に複数のドラマーとパーカッショニストが重なり合い、音色とリズムの層の厚さが、アルバムの異様な熱気とトランス感を生み出しています。

ファラオ・サンダースとギャレットは、同時期のライヴ盤『Live in Seattle』『Om』にも参加しており、コルトレーンがよりコズミックでアストラルな方向に向かっていくうえで重要な協力者でした。
ジュノ・ルイスは、ロサンゼルスを拠点に活動していたドラマー/楽器製作者で、録音のわずか4日前にコルトレーンと出会い、自作の長い詩「Kulu Se Mama」を見せたことが、今回のコラボレーションのきっかけになっています。

  • ジョン・コルトレーン(John Coltrane):テナーサックス(1~3)
  • エルヴィン・ジョーンズ(Elvin Jones):ドラム(1~3)
  • マッコイ・タイナー(McCoy Tyner):ピアノ(1~3)
  • ジミー・ギャリソン(Jimmy Garrison):ウッドベース(1~3)
  • ドナルド・ギャレット(Donald Garrett):クラリネット、ウッドベース、パーカッション(1)
  • ファラオ・サンダース(Pharoah Sanders):テナーサックス、パーカッション(1)
  • フランク・バトラー(Frank Butler):ドラム、ボーカル(1)
  • ジュノ・ルイス(Juno Lewis):ボーカル、パーカッション、貝殻(コンチシェル)、ハンドドラム(1)

録音時のエピソードと制作背景

録音は、1965年6月10日と16日にヴァン・ゲルダー・スタジオで「Welcome」「Vigil」を、10月14日にロサンゼルスのウェスタン・レコーダーズで「Kulu Sé Mama」および「Selflessness」を収録するという、離れた3セッションで行われました。
10月のセッションは、コルトレーンがLAのIt Clubに11日間出演していた期間中に組まれたもので、その合間に拡張編成で録音が行われた形になります。

ジュノ・ルイスによるタイトル曲は、もともと彼の母親に捧げられた長い自伝的な詩であり、祖先への誇りや伝統への強い敬意が込められていました。
彼はこの詩をクレオール語で朗唱し、同時にコンガやハンドドラム、貝殻(コンチシェル)などを演奏し、セッション全体に儀礼音楽のような雰囲気をもたらしています。
こうした要素が、ジャズという枠を越えた「儀式的」「宗教的」なサウンドイメージを強めています。

発表時の反響と評価

『Kulu Sé Mama』は1967年初頭にリリースされましたが、『A Love Supreme』(1965)や『Ascension』(1966)ほど一貫したコンセプト・アルバムとして語られることは少なく、カタログから外れていた時期もあるなど、「知る人ぞ知る」作品として扱われてきました。
しかし、その音楽的内容は非常に高く評価されており、オールミュージックのスコット・ヤノウは、ジュノ・ルイスのチャントとカラフルなパーカッションにより、コルトレーン作品の中でもユニークな1枚になっていると述べています。

All About Jazzのクリス・メイは、このアルバムを「アストラル・ジャズの直前史を理解するうえで不可欠」と評し、タイトル曲を「もし2000年代に録音されていたら、グルーヴ・ミュージックやジャム・バンド的と分類されただろう」とするほど、リズムとヴァンプに根ざした親しみやすさも指摘しています。
つまり、フリー・ジャズ的な過激さだけでなく、反復グルーヴやうたごころを備えた「聴きやすい実験作」として評価されているのが興味深いところです。

特筆すべきポイント

  • コルトレーン生前最後のリリース・アルバムであり、クラシック・カルテットと拡張編成の橋渡しをする作品であること。
  • タイトル曲が、アフリカ系ディアスポラの詩とチャント、アフリカンな打楽器群、スピリチュアルなモーダル・ジャズを融合した、早期の「アストラル・ジャズ」的試みであること。
  • 「Vigil」「Welcome」という、激烈さと静寂の両極を示す2曲が同居し、コルトレーンの精神的探求の「闘争」と「平和」の両面を聴かせてくれること。
  • ジュノ・ルイスという、一度きりのコラボレーターによる強烈な存在感と、彼の個人的な詩がアルバム全体のコンセプトを規定している点。

『Kulu Sé Mama』は、いわゆる代表作の陰に隠れがちな1枚ですが、アフリカ的リズム、スピリチュアル・ジャズ、アストラル・ジャズに関心があるリスナーにとっては、コルトレーンの過渡期を示す重要なドキュメントとしてじっくり味わう価値があるアルバムだと思います。

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Citations:

  • https://en.wikipedia.org/wiki/Kulu_S%C3%A9_Mama
  • https://sonicliberationfront.com/performance-programming/john-coltranes-kulu-se-mama/
  • https://www.allaboutjazz.com/john-coltrane-kulu-se-mama-john-coltrane-by-chris-may
  • https://www.jazzmessengers.com/en/56477/john-coltrane/kulu-se-mama
  • https://www.allaboutjazz.com/kulu-se-mama-john-coltrane-verve-music-group-review-by-chris-may
  • https://en.debaser.it/john-coltrane/kulu-se-mama/review
  • https://www.youtube.com/watch?v=g1X1ftz5SMg
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