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カサンドラ・ウィルソン 『ニュー・ムーン・ドーター』

カサンドラ・ウィルソン 『ニュー・ムーン・ドーター』
カサンドラ・ウィルソン (Cassandra Wilson)『ニュー・ムーン・ドーター』(New Moon Daughter)

Cassandra Wilson(カサンドラ・ウィルソン)の『New Moon Daughter』(ニュー・ムーン・ドーター)は、1990年代ジャズ・ヴォーカルの到達点の一つとされる、ブルーノート第2作のスタジオ・アルバムです。
ジャズ、ブルース、カントリー、ルーツ音楽、ポップスを独自にブレンドし、彼女の低く深い声を中心に据えたダークで内省的な世界観が大きな特徴になっております[1]。

『ニュー・ムーン・ドーター』のコンセプトと世界観

本作は前作『Blue Light ’til Dawn』で開いたアコースティック志向とルーツ回帰をさらに推し進め、「ジャンルの境界を壊して良い歌を自分の美学で歌い直す」というコンセプトが核になっていると評されています。
ジャズのスタンダードからブルース、カントリー、ロック/ポップまでを横断しながらも、すべてを一つの暗く官能的でスピリチュアルな物語として束ねている点が、このアルバムの大きな魅力です[4]。

アルバムはビリー・ホリデイで知られる「Strange Fruit」で幕を開け、人種差別と暴力の重いテーマを現代的なサウンドと抑制された表現で再解釈するという、強い意志を示す構成になっています。
さらにニール・ヤング「Harvest Moon」やU2「Love Is Blindness」、モンキーズ「Last Train to Clarksville」など、ロック/ポップの名曲を選び取り、歌詞の陰影を掘り下げるような解体と再構築を行っている点もコンセプチュアルです[2]。

音楽性とサウンドの特徴

音楽的には、テンポをかなり抑えた楽曲が多く、低めのアルト・ヴォイスを活かした、アンビエントで陰影に富むアンサンブルが一貫していると評されています。
ベースを太く前面に据え、ギターやパーカッション、コルネット、ヴァイオリンなどを絡めた独特の音響設計により、ジャズ・クラブというより「闇の中で焚き火を囲んで聴くブルース/ルーツ音楽」のような質感を作り出しています[5]。

アレンジのキーポイントは、アコースティックと電気楽器、ルーツ色の強い楽器(バンジョー、ブズーキ、ペダルスティールなど)、そしてパーカッションの組み合わせにあります。
たとえば「Death Letter」ではサン・ハウス(Son House)直系のブルース感覚を現代的な音響の中に置き直し、「Harvest Moon」は原曲の温かなロマンティシズムを抑制し、どこか疲れと不安をにじませる解釈へと変貌させていると指摘されています[6]。

レコーディングと制作エピソード

録音はニューヨーク州のBearsville Sound Studios、Bear Tracks Studio、そしてニューヨーク市内のSound On Sound Recordingなど複数のスタジオで行われています。
プロデュースは前作に続きクレイグ・ストリート(Craig Street)が担当し、スタジオというより「音が自然に響く空間」を意識した、空気感重視の録音・ミキシングが本作のサウンド・キャラクターを決定づけました[3]。

当時のインタビューやレビューでは、制作においてウィルソンとストリートが、従来のジャズ的なピアノ・トリオ編成からあえて距離を置き、ギターとパーカッション、ベースを核にしたサウンドで曲ごとの世界を構築することにこだわったと述べられています。
その結果、ブルーノートのカタログの中でも非常に「土臭く、かつモダン」という独自の音像が生まれたと評価されています[1]。

参加ミュージシャン

参加ミュージシャンは、M-Base人脈やニューヨークの先鋭的なプレイヤーと、ルーツ寄りのカラーを持つギタリスト/パーカッショニストが混在しているのが特徴です。 主なメンバーは以下の通りです[6]。

  • カサンドラ・ウィルソン(Cassandra Wilson):ボーカル、アコースティックギター
  • シロ・バプティスタ(Cyro Baptista):パーカッション、口琴、シェイカー
  • ダギー・ボウン(Dougie Bowne):パーカッション、ドラム、ホイッスル、ビブラフォン
  • ゲイリー・ブライト(Gary Breit):ハモンドオルガン
  • ケビン・ブライト(Kevin Breit):アコースティックギター、エレキギター、バンジョー、ブズーキ
  • ブランドン・ロス(Brandon Ross):アコースティック&エレキギター
  • チャールズ・バーナム(Charles Burnham):ヴァイオリン
  • トニー・セドラス(Tony Cedras):アコーディオン
  • グラハム・ヘインズ(Graham Haynes):コルネット
  • ローレンス・"ブッチ"・モリス(Lawrence "Butch" Morris):コルネット
  • ジェフ・ヘインズ(Jeff Haynes):パーカッション、ボンゴ
  • ピーパーズ(Peepers):バックボーカル
  • マーク・ピーターソン(Mark Peterson):ベース
  • ロニー・プラキシコ(Lonnie Plaxico):ベース
  • ギブ・ウォートン(Gib Wharton):ペダル・スティール・ギター
  • クリス・ホイットリー(Chris Whitley):ギター(1)

いわゆる「典型的ジャズ・コンボ」というより、ルーツ系セッションの拡張版のような編成で、各人が色彩感豊かな音のレイヤーを重ねる役割を担っています[2]。

代表曲とアレンジの妙

アルバムの象徴的な楽曲として、以下がよく挙げられます[2]。

  • 「Strange Fruit」:不穏なベースとコルネット、レゾフォニック・ギターによる重苦しくも美しいテクスチャーの中で、ウィルソンの抑えた歌が冷たい怒りを表現していると評されています[2]。​
  • 「Death Letter」:テンポを落とし、低くうなるベースとジュースハープ、バンジョーで、古典ブルースをゴシック風の音絵巻に変えています[2]。​
  • 「Harvest Moon」:原曲の穏やかな喜びを削ぎ落とし、報われない想いを感じさせるような疲れと切なさを前面に出した解釈が高く評価されています[2]。​
  • 「Last Train to Clarksville」:モンキーズのポップ・チューンを、スローで官能的なグルーヴに変え、歌詞の内側に潜むエロティシズムを引き出したと評する批評もあります[4]。​

自作曲「Solomon Sang」「Find Him」「A Little Warm Death」などは、カバー曲と自然に溶け合うよう設計されており、ウィルソン自身のソングライティングの高さも示しています[1]。

トラック・リスト

Side 1

  1. 奇妙な果実(Strange Fruit) - 5:33
  2. 恋は盲目(Love Is Blindness) - 4:53
  3. ソロモン・サング(Solomon Sang) - 5:56

Side 2

  1. デス・レター(Death Letter) - 4:12
  2. スカイラーク(Skylark) - 4:08
  3. ファインド・ヒム(Find Him) - 4:37
  4. 泣きたいほどの淋しさだ(I'm So Lonesome I Could Cry) - 4:50

Side 3

  1. 恋の終列車(Last Train to Clarksville) - 5:15
  2. アンティル(Until) - 6:29
  3. ア・リトル・ウォーム・デス(A Little Warm Death) - 5:43

Side 4

  1. メンフィス(Memphis) - 5:04
  2. ハーヴェスト・ムーン(Harvest Moon) - 5:01
  3. 32-20 - 5:23(Bonustrack)

発表時の反響と評価

『New Moon Daughter』は1995年リリース(米国では1996年に本格展開)で、発表当時から高い評価を受け、ヴォーカル・アルバムとしてグラミー賞も獲得しています。
AllMusicやダウンビート、英米の主要紙・音楽誌が軒並み好意的なレビューを掲載し、前作を上回る挑戦作として挙げる批評家も多くいました[7]。

一方で、テンポが全体に遅く似た雰囲気が続くことや、ポップ曲カバーの評価をめぐっては、一部批評家から「ジャズからポップ寄りへ傾き過ぎている」「感情表現が抑制的すぎる」といった異論も出ています。
それでも「ジャズとアメリカーナ(ブルース、カントリー、フォークなど)の統合」を成し遂げた作品として、現在ではウィルソンの代表作の一つ、さらには90年代ヴォーカル・ジャズの重要作として位置づけられています[3]。

特筆すべきポイント

特筆すべきは、単なるスタンダード集でも、ポップ・ヒットのジャズ化でもなく、「一人のシンガーの美学のもとでアメリカ音楽史の断片を再編集したアルバム」として成立している点です。
ルーツ回帰とポピュラー音楽の再解釈を両立させたこのアプローチは、その後の多くのジャズ・ヴォーカリストやシンガー・ソングライターにも影響を与えたと評されています[4]。

また、深いダークさと同時に官能性や静かなロマンスも備えており、「夜にじっくり向き合うアルバム」として今なお愛聴され続けています。
ジャズやブルースの文脈だけでなく、オルタナティブなシンガー・ソングライター作品としても聴かれることが多いことが、『New Moon Daughter』ならではのユニークさと言えると思います[9]。

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  1. https://en.wikipedia.org/wiki/New_Moon_Daughter
  2. https://albumism.com/features/revisiting-cassandra-wilson-new-moon-daughter-retrospective-tribute
  3. https://jazzizdiscovery.com/cassandra-wilson-new-moon-daughter-blue-note-1995/
  4. https://trackingangle.com/music/cassandra-wilson-new-moon-daughter-original-review
  5. https://www.allmusic.com/album/new-moon-daughter-mw0000183491
  6. https://www.kleifrirecords.com/cassandra-wilson-new-moon-daughter_p2907918.htm
  7. https://www.latimes.com/archives/la-xpm-1996-03-03-ca-42513-story.html
  8. https://time.com/archive/6928301/music-new-moon-daughter/
  9. https://focussound.jp/disc/new_moon_daughter/
  10. https://brutus.jp/nmd_cassandrawilson_pb30/
  11. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
  12. http://blog.livedoor.jp/sharp_of_jazz_2_come/archives/1665727.html
  13. https://www.jazzmessengers.com/be/70841/cassandra-wilson/new-moon-daughter
  14. https://www.facebook.com/groups/345309198879873/posts/7328395560571167/
  15. https://www.instagram.com/p/DOW1YrBCbyd/
  16. https://www.facebook.com/bluenote/posts/cassandra-wilson-began-recording-her-2nd-blue-note-album-new-moon-daughter-30-ye/1233333768154748/
  17. https://erajournal.co.uk/farida-el-kafrawy/new-moon/
  18. https://audiokarma.org/forums/index.php?threads%2Fcassandra-wilson-new-moon-daughter.41824%2F
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