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マーヴィン・ゲイ『レッツ・ゲット・イット・オン』

マーヴィン・ゲイ『レッツ・ゲット・イット・オン』
マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)『レッツ・ゲット・イット・オン』(Let's Get It On)

1973年にリリースされたMarvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)の『Let’s Get It On』(レッツ・ゲット・イット・オン)は、「セックス・アルバム」としてのイメージ以上に、愛と欲望、スピリチュアルな救済願望が複雑に絡み合った、きわめて内省的な作品として位置づけられています[1]。

『レッツ・ゲット・イット・オン』のコンセプトとテーマ

『What's Going On』で社会派の預言者として評価を確立したゲイは、その成功によってレコード会社から大きな創作上の自由を獲得し、『レッツ・ゲット・イット・オン』では政治から離れて「愛とロマンス」を主題に据えます。
ただし彼にとって愛は、単なる男女の情愛ではなく、神の愛のメタファーとしても構想されており、セクシュアリティとスピリチュアリティを二重写しにしたコンセプトがアルバム全体を貫いています[1]。

同時に、このアルバムの根底には父親からの虐待体験や、妻アンナ・ゴーディーとの破綻など、ゲイ自身の傷ついた自己像と不安が横たわっています。
そのため、官能的な作品でありながら、歌詞やヴォーカルには、躊躇や不安、救いを求めるような祈りにも似た感情が滲み出ているのが大きな特徴です[4]。

音楽性とサウンドの特徴

サウンド面では、ゲイにとって初の本格的なファンクへの踏み込みであり、同時にスムース・ソウルやドゥーワップ的コーラス・ワークを織り交ぜた非常に滑らかな質感のアルバムになっています。
タイトル曲のしなやかなグルーヴ、エレクトリック・リズムセクションのうねり、柔らかなホーンとストリングスは、のちの「スロー・ジャム」や「クワイエット・ストーム」の原型と評されるほどで、70年代R&Bの方向性を決定づけました[6]。

ゲイは多重録音した自らの声をレイヤー状に重ね、リードとコーラスが対話するような独特のヴォーカル・アレンジを展開します。
その結果、肉体的な官能と魂のつぶやきが、ひとつのトラックの中で呼応するような立体的な響きが生まれ、単純な「ラブソング集」を超える深みを与えています[2]。

制作過程とエピソード

レコーディングは1970年から1973年にかけて、デトロイトのHitsville U.S.A.やGolden World Studio、ロサンゼルスのHitsville Westなど、モータウンゆかりのスタジオをまたいで行われました。
もともとゲイは、より政治的な楽曲群の制作を続けていましたが、私生活の変化と精神状態の揺らぎのなかで、それらは次第に「ロマンスと欲望」をめぐる作品へと収斂していきます[1]。

重要な協力者となったのが、シンガー/プロデューサーのエド・タウンゼントで、彼は当初「宗教的テーマ」を持つ曲として「Let’s Get It On」を書き始めました。
その後、政治的な歌詞案をめぐるやり取りや、タウンゼント自身のアルコール依存治療からの回復といった背景を経て、楽曲は最終的に「愛とセックスの解放」をストレートに歌う形へと変貌していきます。
この変化の過程そのものが、ゲイが精神的救済と肉体的快楽の間で揺れていたことを象徴していると言えます[7]。

参加ミュージシャンと編成

このアルバムには、モータウンや西海岸シーンを支えた一流のスタジオ・ミュージシャンたちが多数参加しています。
ベースには名手ジェームス・ジェマーソンとクルセイダーズのウィルトン・フェルダー、ドラムにはポール・ハンフリーやユリエル・ジョーンズ、ピアノにはジョー・サンプルらが名を連ね、ゲイ自身もキーボードでセッションに加わりました[4]。

ギター陣も豪華で、デヴィッド・T・ウォーカー、エディ・ウィリス、ルイス・シェルトン、ロバート・ホワイトらに加え、ドン・ピークはタイトル曲のワウ・ギターを担当し、オープニング・リックの微妙なミスタッチまでがテイクに残されたと証言しています。
オーケストレーションはデヴィッド・ヴァン・デ・ピッテ、ルネ・ホール、ジーン・ペイジら複数のアレンジャーが分担し、ストリングスとホーンが官能的な雰囲気を彩る一方、ヴァイブやマレット・パーカッションが繊細な色合いを加えています[8]。

パーソネル

  • ベース:ジェームス・ジェマーソン(James Jamerson)、ウィルトン・フェルダー(Wilton Felder)
  • ボンゴ:ボビー・ホール・ポーター(Bobbye Hall Porter)
  • ボンゴ、ドラム:エディ・“ボンゴ”・ブラウン(Eddie "Bongo" Brown)
  • ドラム:ポール・ハンフリー(Paul Humphrey)、ウリエル・ジョーンズ(Uriel Jones)
  • ギター:デヴィッド・T・ウォーカー(David T. Walker)、エディ・ウィリス(Eddie Willis)、ルイス・シェルトン(Louis Shelton)、メルビン・ラギン(Melvin Ragin)、ロバート・ホワイト(Robert White)、ドン・ピーク(Don Peake)
  • マレット:エミール・リチャーズ(Emil Richards)
  • サックス:アーニー・ワッツ(Ernie Watts)、プラス・ジョンソン(Plas Johnson)
  • ピアノ:ジョー・サンプル(Joe Sample)、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)、マーヴィン・ジャーキンス(Marvin Jerkins)
  • ヴィブラフォン:エミール・リチャーズ(Emil Richards)、ヴィクター・フェルドマン(Victor Feldman)
  • パーカッション(特別担当):ボビー・ホール・ポーター(Bobbye Hall Porter)
  • オーケストラ編曲、指揮:デイヴィッド・ヴァン・デ・ピット(David Van De Pitte)/トラック:5・6・8、ジーン・ペイジ(Gene Page)/トラック:5、ルネ・ホール(Rene Hall)/トラック:1~4、デイヴィッド・ブルンバーグ(David Blumberg)/トラック:7
  • バックボーカル:ザ・オリジナルズ(「Just to Keep You Satisfied」)
  • エンジニア: ウィリアム・マッキーキン(William McKeekin)、アート・スチュワート(Art Stewart)、スティーブ・スミス(Steve Smith)、ローレンス・マイルズ(Lawrence Miles)、カル・ハリス(Cal Harris)
  • プロデュース、リードボーカル、バックボーカル: マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)
  • 共同プロデュース:エド・タウンゼント(Ed Townsend)/トラック:1~4

トラック・リスト

Side 1

  1. レッツ・ゲット・イット・オン(Let's Get It On) - 4:44
  2. ひとりにしないで(Please Don’t Stay (Once You Go Away)) - 3:32
  3. 淋しい祈り(If I Should Die Tonight) - 3:57
  4. ゲッティン・イット・オン(Keep Gettin' It On) - 3:12

Side 2

  1. 夢を追いかけて(Come Get to This) - 2:40
  2. 遠い恋人(Distant Lover) - 4:15
  3. 燃える愛(You Sure Love to Ball) - 4:43
  4. 別離のささやき(Just to Keep You Satisfied) - 4:35

発表時の反響と特筆点

アルバムは1973年8月28日に発表され、マーヴィン・ゲイのモータウン時代で最も商業的に成功した作品となり、全米アルバムチャートで2位、他誌のチャートでは1位を獲得しました。
シングル「Let’s Get It On」はビルボード・ポップ・チャートで1位、ソウル・チャートで8週連続1位という大ヒットを記録し、当時のモータウン史上最大のセールスを叩き出した楽曲とも言われています[9]。

批評的にも、このアルバムはソウル/R&B史におけるランドマークとみなされるようになり、のちにグラミー殿堂入りを果たし、「史上最高のアルバム」リストの常連となりました。
何より特筆すべきは、そのエロティックなバラードと粘りつくようなファンク・グルーヴが、単なるベッドルーム・ミュージックにとどまらず、不安や罪悪感、スピリチュアルな渇きを抱えた一人のアーティストの心象風景として聴こえてくる点であり、その二重性こそが『Let’s Get It On』を現在まで生き延びさせている大きな理由であると言えます[6]。

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  1. https://en.wikipedia.org/wiki/Let's_Get_It_On
  2. https://thegrio.com/2023/08/28/were-all-sensitive-people-marvin-gayes-lets-get-it-on-an-expression-of-anxiety-and-fear-disguised-as-sexual-phantasm/
  3. https://en.wikipedia.org/wiki/Let's_Get_it_On
  4. https://www.udiscovermusic.com/stories/marvin-gaye-lets-get-it-on-feature/
  5. https://www.youtube.com/watch?v=I_yTcpyc2WI
  6. https://www.americanbluesscene.com/2016/08/tbt-marvin-gayes-lets-get-it-on/
  7. https://en.wikipedia.org/wiki/Let's_Get_It_On_(song)
  8. https://trackingangle.com/features/marvin
  9. https://www.musicmusingsandsuch.com/musicmusingsandsuch/2023/6/3/feature-groovelines-marvin-gaye-lets-get-it-on
  10. https://www.facebook.com/AriellaNicolaas/posts/lets-get-it-on-by-soul-musician-marvin-gaye-released-on-june-15-1973/923872033079019/
  11. https://en.wikipedia.org/wiki/Portal:Rhythm_and_blues/Selected_article/18
  12. https://nicolleokoren.substack.com/p/422-marvin-gaye-lets-get-it-on
  13. https://www.youtube.com/watch?v=pFiD5nLf8YU
  14. https://www.youtube.com/watch?v=AqPBfbLoF_M
  15. https://wikipedia.nucleos.com/viewer/wikipedia_en_all_maxi_2025-08/Let's_Get_It_On
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