マンハッタン・トランスファー『マンハッタン・トランスファー・デビュー!』

1975年にリリースされたアルバム『The Manhattan Transfer』(邦題:マンハッタン・トランスファー・デビュー!)は、グループ第2期の幕開けを告げる作品であり、ニューヨークのクラブ・シーンで培ったレトロ志向とモダンなセンスをスタジオ盤として結晶させた一枚です。
アルバムのコンセプト:戦前ジャズの再創造
本作は、1930〜40年代スウィング〜ジャンプ系ジャズ/ポップのレパートリーを中心に、当時としては珍しい「戦前オールド・タイム感覚の再創造」をコンセプトに据えたアルバムです。
「Tuxedo Junction」「Java Jive」といった往年のスタンダードを取り上げつつ、単なる懐古ではなく、都会的で洗練されたコーラス・ワークで現代にアップデートしている点が特徴的です。
グループ名自体がジョン・ドス・パソス(John Dos Passos)の小説『Manhattan Transfer』から取られており、ニューヨークの雑多でスピード感ある空気を、ジャズ・コーラスという形式で体現しようとした姿勢がうかがえます。
音楽性・サウンドの特徴
ボーカルはティム・ハウザー、ジャニス・シーゲル、アラン・ポール、ローレル・マッセの4人で、各自の声部が緻密に組み合わさった四声コーラスがサウンドの核になっています。
レビューでは「Tuxedo Junction」がグレン・ミラー楽団版の精密な再現でありつつ、ホーン・セクションの役割を4声のハーモニーとジャズ・リフが担う、と評されており、ビッグバンドのアンサンブルを声で置き換える発想が鮮明です。
「Blue Champagne」や「Candy」といったナンバーでは、30〜40年代の「霞がかったような甘さ」やダンスホールのムードを、エコー感のある録音と柔らかなストリングスで再現し、聴き手を古いラジオ放送の世界に引き込むような音作りがなされています。
一方でシングル「Operator」はゴスペル色の強いアレンジで、ハンドクラップ的なリズムと力強いコール&レスポンスが、レトロなジャズ感覚とソウル/ポップの感触を橋渡ししており、彼らの音楽性の幅広さを示しています。
豪華な参加ミュージシャン:ブレッカー兄弟からリチャード・ティーまで
プロデュースはアトランティック・レコードの重鎮アーメット・アーティガンと、グループの中心人物ティム・ハウザーが担当しており、メジャー・レーベル主導の洗練とメンバー自身のこだわりが両立したプロジェクトとなりました。
リズム・セクションには、ピアノとエレクトリック・ピアノでドン・グロルニック、オルガンでリチャード・ティーらが参加し、ジャズ〜ポップの一流スタジオ・ミュージシャンがバックを固めています。
ギターと音楽監督を務めたアイラ・ニューボーンは、アレンジと指揮も担い、楽曲全体の構成やホーン/ストリングスとのバランスを統括しました。
ホーン陣にはマイケル・ブレッカー、ランディ・ブレッカー、ズート・シムズといった錚々たるジャズ・プレイヤーが名を連ね、テナー・サックス・ソロやブラス・セクションの厚みが、アルバムにジャズ的な格を与えています。
こうした豪華メンバーに支えられることで、コーラス・グループの作品でありながら、本格的なジャズ・アルバムとしても聴ける内容になっている点が、本作の重要なポイントです。
マンハッタン・トランスファー
- ティム・ハウザー(Tim Hauser) - ボーカル、ボーカルアレンジ、アレンジ(2)
- ローレル・マセ(Laurel Masse) - ボーカル、ボーカルアレンジメント、タンバリン(2、6)
- アラン・ポール(Alan Paul) - ボーカル、ボーカルアレンジ
- ジャニス・シーゲル(Janis Siegel) - ボーカル、ボーカルアレンジ
ゲスト・ミュージシャン
- ドン・グロルニック(Don Grolnick) - アコースティックピアノ、エレクトリックピアノ(1、3、4、6、7、9、12)、クラビネット(2、11)
- マレー・ウェインストック(Murray Weinstock) - オルガン(2、5)
- リチャード・ティー(Richard Tee) - オルガン(3)、エレクトリックピアノ(11)
- アイラ・ニューボーン(Ira Newborn) - ギター、音楽監督、指揮者、編曲
- ジェリー・フリードマン(Jerry Friedman) - ギター(3、6、11)
- アンディ・ムソン(Andy Muson) - ベースギター(1~9、11、12)
- ロイ・マーコウィッツ(Roy Markowitz) - ドラム(1~9、11、12)
- ダニエル・ベン・ゼブロン(Daniel Ben Zebulon) - コンガ(11)
- マイク・ロッド(Mike Rod) - テナーサックスソロ(1)
- マイケル・ブレッカー(Michael Brecker) - テナーサックスソロ(3)
- ズート・シムズ(Zoot Sims) - テナーサックスソロ(8)
- ジーン・オルロフ(Gene Orloff) - コンサートマスター(6、12)
ブラス・セクション
- クラリネット:フィル・ボドナー(Phil Bodner)、ウォーリー・ケイン(Wally Kane)、セルドン・パウエル(Seldon Powell)
- アルトサックス:フィル・ボドナー(Phil Bodner)、ジェリー・ドッジオン(Jerry Dodgion)、ジョージ・ドーシー(George Dorsey)、ハーヴェイ・エストリン(Harvey Estrin)、デヴィッド・サンボーン(David Sanborn)、ジョージ・ヤング(George Young)
- バリトンサックス:ルー・デル・ガット(Lew Del Gatto)、ウォーリー・ケイン(Wally Kane)
- テナーサックス:マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)、セルドン・パウエル(Seldon Powell)、マイク・ロッド(Mike Rod)、フランク・ビカーリ(Frank Vicari)
- トロンボーン:ウェイン・アンドレ(Wayne Andre)、ガーネット・ブラウン(Garnett Brown)、ポール・ファヴリーズ(Paul Favlise)、ミッキー・グラヴィン(Mickey Gravine)、クエンティン・ジャクソン(Quentin Jackson)、アラン・ラファ(Alan Raph)
- トランペット:ランディ・ブレッカー(Randy Brecker)、メル・デイビス(Mel Davis)、ジョン・ファディス(Jon Faddis)、マーキー・マーコウィッツ(Marky Markowitz)、ボブ・マッコイ(Bob McCoy)、アラン・ルービン(Alan Rubin)、マーヴィン・スタム(Marvin Stamm)
トラック・リスト
Side 1
- タキシード・ジャンクション(Tuxedo Junction) - 3:06
- スウィート・トーキング・ガイ(Sweet Talking Guy) - 2:28
- オペレイター(Operator) - 3:13
- キャンディ(Candy) - 3:30
- グロリア(Gloria) - 3:00
- クラップ・ユア・ハンズ(Clap Your Hands) - 2:57
Side 2
- ザット・キャット・イズ・ハイ(That Cat Is High) - 2:54
- 親船に乗った気で(You Can Depend on Me) - 3:33
- ブルー・シャンペン(Blue Champagne) - 2:24
- ジャヴァ・ジャイヴ(Java Jive) - 2:47
- オカペラ(Occapella) - 3:07
- ハーツ・デザイアー(Heart's Desire) - 2:36
制作背景とエピソード的側面
このアルバムは、グループが第1期(1969年のアルバム)から解散・再編を経て、新体制で再デビューを果たした最初の作品です。
ティム・ハウザーは当時ニューヨークでタクシー運転手をしながらボーカル・グループ結成の夢を追っており、乗客として乗せたローレル・マッセとの出会いが再編メンバー決定の一つのきっかけになったとされています。
ジャニス・シーゲルはグリニッジ・ヴィレッジのコーヒーハウス・シーンで活動していたシンガー、アラン・ポールはミュージカル『Grease!』に出演していた俳優/歌手であり、ミュージカル、フォーク、ジャズ/ポップといった異なるバックグラウンドが一つのグループに集約されたことが、独特のスタイル形成に寄与しました。
彼らはアンダーグラウンドで活動していた頃から、音楽に合わせて衣装やキャラクターを変えるステージ・コンセプトを持ち、デヴィッド・ボウイ的な「ペルソナの創造と破壊」を意識したビジュアル表現を追求していたと語られています。
その「変身」志向が、本作でのレトロ・スウィング~ジャイブ的キャラクターにも反映されており、音だけでなく、当時のライブやメディア露出も含めて「時代を行き来するエンターテインメント」として設計されていたと考えられます。

発表時の反響と特筆すべき点
『The Manhattan Transfer』は1975年5月にビルボードのポップ・アルバム・チャートに登場し、最高33位を記録、メインストリーム・マーケットで一定の成功を収めました。
シングル「Operator」はビルボード・Hot 100で22位まで上昇し、ゴスペル色の強いコーラス・ナンバーとしてラジオでも広く流れたことで、グループの名前を一気に知らしめる役割を果たしました。
「Tuxedo Junction」はイギリスのポップ・チャートで24位に入り、イギリスでもレトロ志向のスタイリッシュなコーラス・グループとして注目を集めました。
イギリスではアルバム自体がゴールド・ディスクを獲得し、同年にはCBSで彼ら自身のテレビ番組(1時間枠、4週連続放映)が制作されるほど人気が高まり、エンターテインメント性の高いボーカル・グループとして広く受け入れられました。
批評的にも、旧来のビッグバンド・サウンドへの敬意と、現代的なポップ感覚を併せ持つ「スタイリッシュなレトロ・アクト」として評価され、後のボーカリーズ路線やブラジル音楽へのアプローチへとつながる基盤を築いた作品と位置づけられています。
このように、『The Manhattan Transfer』は単なるデビュー盤ではなく、第2期マンハッタン・トランスファーのアイデンティティを決定づけ、1970年代後半以降の活躍へのスタート台となった、グループ史上きわめて重要なアルバムだと言えると思います。
Citations:
- https://en.wikipedia.org/wiki/The_Manhattan_Transfer_
- https://www.allaboutjazz.com/musicians/the-manhattan-transfer/
- https://www.fidelity-magazine.com/the-manhattan-transfer/
- https://manhattantransfer.net/about/
- https://concord.com/artist/the-manhattan-transfer/


