ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』

『Pet Sounds』(ペット・サウンズ)は、1966年に発表されたThe Beach Boys(ビーチ・ボーイズ)の代表作であり、ブライアン・ウィルソンが主導して「一つのまとまった芸術作品」として構想したアルバムです。
当時としては珍しく、ヒット曲の寄せ集めではなく、13曲すべてが一体となって心理的・感情的な軸を共有する、ロック初期のコンセプト・アルバムの一つとみなされています[1]。
『ペット・サウンズ』のコンセプトとテーマ
ブライアン・ウィルソンは、ビートルズの『Rubber Soul』を聴き「捨て曲のない、アルバム全体で完結した作品」を作りたいと考え、『ペット・サウンズ』を一本のステートメントとして構想したと語っています。
その結果、青春の恋や歓びよりも、自己不信、孤独、愛の不安定さといった、より内省的で大人びたテーマがアルバム全体を貫くことになりました[2]。
歌詞面では、「You Still Believe in Me」における自己の未熟さへの自覚、「I Know There’s an Answer」における逃避文化への批判、「I Just Wasn’t Made for These Times」における社会的不適合感など、60年代ポップとしては異例なほど繊細で複雑な感情が扱われています。
ブライアン自身は「一つひとつの曲が独立したアートピースでありながら、互いに結びついているものを目指した」と述べており、ゆるやかな物語性よりも、統一された雰囲気と感情の流れによるコンセプト性が特徴的です[1]。
音楽性とサウンドの特徴
音楽的には、『ペット・サウンズ』はそれまでのビーチ・ボーイズ作品と比べて、コード進行、リズム、オーケストレーションの面で飛躍的に複雑化しています。
従来のサーフ/ホットロッド系のバックビート中心のロックンロールとは異なり、パーカッションを軸にした揺らぎのあるリズム、予想外の転調や和声、そして室内楽的ともいえるテクスチャーの多層性が際立っています[1]。
サウンド面では、フィル・スペクターの“Wall of Sound”から影響を受けつつも、レ・バクスターのエキゾチカの奇妙さや、バート・バカラック的なクールなポップ感覚が持ち込まれており、単なるティーン向けの「大仰なファンファーレ」とは一線を画しています。
テルミンに似たエレクトロ・サウンド(「I Just Wasn’t Made for These Times」)、自転車ベル、犬の鳴き声、列車音など、非楽器音も積極的に用いられ、スタジオを実験室として扱う発想が強く打ち出されています[1]。
制作エピソードと参加ミュージシャン
『ペット・サウンズ』のレコーディングは、1966年初頭からロサンゼルスのWestern Recorders、Gold Star、Columbiaなど複数のスタジオで行われました。
バッキング・トラックの多くは、後に「レッキング・クルー」と呼ばれる超一流のセッション・ミュージシャンが担当し、ビーチ・ボーイズのメンバーは主にヴォーカルに専念する形で進められました[1]。
主な参加プレイヤーとして、ドラマーのハル・ブレイン(Hal Blaine)、ベーシストのキャロル・ケイ(Carol Kaye)、ギタリストのグレン・キャンベル(Glen Campbell)やビリー・ストレンジ(Billy Strange)、キーボードのアル・デ・ロリー(Al De Lory)、ドン・ランディ(Don Randi)、ラリー・ネクテル(Larry Knechtel)、サックスのスティーブ・ダグラス(Steve Douglas)、パーカッションのジュリウス・ウェクター(Julius Wechter)らが名を連ねています。
彼らは、ウッドベースとエレキベースの重ね録り、ティンパニとドラムセットの組み合わせ、アコーディオンやホルン、ストリングスの繊細な絡み合いなど、当時としては斬新なアレンジを高度な演奏力で支えました[4]。
ヴォーカル録音では、ブライアンは異常なまでの完璧主義を発揮し、わずかなピッチやタイミングのズレのためにテイクを何度も録り直したと証言されています。
彼の耳の良さから、マイク・ラヴはブライアンを「ドッグ・イヤー」とあだ名したというエピソードも残っています。
当時としては先進的だった8トラック・レコーダーを備えたColumbia Studioでは、「God Only Knows」「Wouldn’t It Be Nice」「Here Today」「I Just Wasn’t Made for These Times」などが録音され、複雑なヴォーカル・ハーモニーの重ねに威力を発揮しました[1]。
ビーチ・ボーイズ
- アル・ジャーディン(Al Jardine) - ボーカル
- ブルース・ジョンストン(Bruce Johnston) - ボーカル
- マイク・ラヴ(Mike Love) - ボーカル
- ブライアン・ウィルソン(Brian Wilson) - ボーカル、「You Still Believe in Me」ではピアノの弦楽器を弾き、「That's Not Me」ではベースギター、ダンエレクトロ・ベース、オルガンを演奏、「Pet Sounds」ではピアノを演奏、 「I Know There's an Answer」ではオルガンまたはハーモニウムをオーバーダビング
- カール・ウィルソン(Carl Wilson) - ボーカル、 「That's Not Me」ではリードギターとオーバーダビングされた12弦エレキギター、「God Only Knows」では12弦エレキギター
- デニス・ウィルソン(Dennis Wilson) - 「That's Not Me」のボーカル、ドラム

トラック・リスト
Side 1
- 素敵じゃないか(Wouldn't It Be Nice) - 2:22
- 僕を信じて(You Still Believe in Me) - 2:30
- ザッツ・ノット・ミー(That's Not Me) - 2:27
- ドント・トーク(Don't Talk (Put Your Head on My Shoulder)) - 2:51
- 待ったこの日(I'm Waiting for the Day) - 3:03
- 少しの間(Let's Go Away for Awhile) - 2:18
- スループ・ジョン・B(Sloop John B) - 2:56
Side 2
- 神のみぞ知る(God Only Knows) - 2:49
- 救いの道(I Know There's an Answer) - 3:08
- ヒア・トゥデイ(Here Today) - 2:52
- 駄目な僕(I Just Wasn't Made for These Times) - 3:11
- ペット・サウンズ(Pet Sounds) - 2:20
- キャロライン・ノー(Caroline, No) - 2:52
発表時の反響と評価の変遷
1966年のリリース時、『ペット・サウンズ』はアメリカではBillboardアルバム・チャートで10位に入るなど一定の成功を収めたものの、従来の「明るく爽快なビーチ・ボーイズ」を期待していたファンやラジオにとっては難解な作品と受け止められ、商業的には期待値を下回ったとされています。
キャピトルは、より分かりやすいベスト盤『Best of The Beach Boys』をすぐ後に投入しており、レーベル自身も本作のポテンシャルを十分に理解していなかった節があります[6]。
一方で、イギリスでは状況が一変し、アルバムはUKチャート2位まで上昇、20週以上トップ20に留まるロングセラーとなりました。
英国の音楽誌やミュージシャンは『ペット・サウンズ』を即座に傑作として受け止め、ビートルズのメンバーを含む多くのアーティストが公然とその影響を語るようになります。
ビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』が、ブライアンのこの作品に触発されて制作されたという証言は特に有名で、本作の評価を決定づける逸話となりました[6]。
その後、『ペット・サウンズ』はロック/ポップ史の中で再評価を重ね、さまざまなオールタイム・ランキングで常に上位に名を連ねる定番となります。
米国議会図書館の「National Recording Registry」にも選定され、「文化的・歴史的・芸術的に重要な録音」として保存されています。
初期には一部で「商業的失敗」と見なされたものの、長期的にはポピュラー音楽の表現領域を拡張した画期的アルバムと見なされるようになった点が、実に象徴的です[7]。
特筆すべきポイント
『ペット・サウンズ』の特筆すべき点としてまず挙げられるのは、「God Only Knows」「Wouldn’t It Be Nice」「Caroline, No」といった楽曲が、ポップソングの枠を超えた作曲・編曲の完成度を持ちながら、3分前後のシンプルなフォームに収まっていることです。
とりわけ「God Only Knows」は、その独創的なコード進行と、ブライアンではなくカール・ウィルソンをリードに据えた柔らかな歌声により、多くのミュージシャンから「史上最高のラブソング」の一つとして挙げられています[8]。
また、アルバム終盤でブライアン名義のソロ・シングルとしてリリースされた「Caroline, No」が配置されていることも象徴的で、「子ども時代の終焉」と「純粋さの喪失」というアルバムの情感を締めくくる役割を果たしています。
タイトル「Pet Sounds」自体も、ブライアンの「お気に入りのサウンド(pet=お気に入り)」という意味と、ジャケットに写る動物園のイメージを重ねた多義的なもので、アルバム全体の優しくも奇妙なムードを反映しています[9]。
こうした要素すべてが有機的に結びつき、『ペット・サウンズ』は単なる時代の名盤にとどまらず、「スタジオという楽器」「アルバムという一つのアートフォーム」という考え方を一般化させた作品として、今なお聴き継がれているのだと思います[2]。
- https://en.wikipedia.org/wiki/Pet_Sounds
- https://www.udiscovermusic.com/stories/beach-boys-pet-sounds-remains-work-art/
- https://en.wikipedia.org/wiki/Pet_sounds
- http://albumlinernotes.com/Pet_Sounds_Musicians.html
- https://www.youtube.com/watch?v=QSqZu4V2DNo
- http://blog.musoscribe.com/index.php/2016/09/09/brain-wilson-critics-pet/
- https://www.loc.gov/static/programs/national-recording-preservation-board/documents/PetSounds.pdf
- https://music.apple.com/us/album/pet-sounds/1440841241
- https://www.reddit.com/r/thebeachboys/comments/zshczo/what_is_the_meaning_behind_the_title_pet_sounds/
- https://note.com/futakada/n/n02ffca92f9f0
- https://www.reddit.com/r/thebeachboys/comments/hn593s/pet_sounds_is_a_concept_album_theory_thread/
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BA
- http://albumlinernotes.com/Pet_Sounds_Session_List.html
- https://www.reddit.com/r/LetsTalkMusic/comments/xra1wx/whats_the_big_deal_about_pet_sounds/
- https://en.wikipedia.org/wiki/The_Wrecking_Crew_(music)
- https://www.reddit.com/r/thebeachboys/comments/143x51y/was_pet_sounds_appreciated_by_the_public_upon/
- https://vinyldialogues.com/VinylDialoguesBlog/the-song-that-didnt-belong-on-the-pet-sounds-album/
- https://www.reddit.com/r/thebeachboys/comments/rqo3wk/has_the_history_of_pet_sounds_been_a_bit_revised/
- https://eyesofageneration.com/the-wrecking-crew-recording-a-beach-boys-smash-1966this-is-a-great-video-that/
- https://1001albumsgenerator.com/albums/6GphKx2QAPRoVGWE9D7ou8/pet-sounds


