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ザ・バンド『南十字星』

ザ・バンド『南十字星』
ザ・バンド(The Band)『南十字星』(Northern Lights – Southern Cross)

『Northern Lights – Southern Cross』(邦題:南十字星)は、The Band(ザ・バンド)が1975年に発表した、彼ら後期キャリアの中核をなすスタジオ作品であり、4年ぶりのオリジナル曲集として「再出発」の意味合いをもつアルバムです[1]。

コンセプトと作品全体の位置づけ

本作は、タイトルが象徴するように「北の光」と「南の十字架」、つまりカナダ出身のメンバーとアメリカ南部出身のレヴォン・ヘルムというバンド内部の地理的・文化的コントラスト、さらに移民や流浪、喪失と再生といったテーマを内包した作品だと語られることが多いです[2]。
前作『Cahoots』以降、メンバーの私生活や薬物問題などで活動が停滞する中、彼らはカリフォルニアに移住し、自前のスタジオ「Shangri-La」を拠点として、改めてバンドとしてのアイデンティティを見つめ直しながら制作に臨みました[3]。

本作の楽曲はすべてロビー・ロバートソンのペンによるもので、The Band のアルバムとしては唯一、作詞・作曲が完全に彼一人に帰属する点も大きな特徴です[1]。
その一方で、歌と演奏の面では、リック・ダンコ、レヴォン・ヘルム、リチャード・マニュエルという3人の個性豊かなボーカリストが曲ごとに役割を分け合い、The Band らしいアンサンブル性を損なっていないことが、アルバム全体の大きな魅力になっています[2]。

音楽性とサウンドの特徴

サウンド面で特筆すべきなのは、ガース・ハドソンが主導したシンセサイザーや多重鍵盤を駆使したアレンジです。彼はShangri-La に導入された24トラック設備を最大限に活かし、ARPやMini Moogなど当時最新のシンセを重ねて、一曲の中に複数のキーボード・レイヤーを構成しました。
初期の泥臭いルーツ感覚を保ちつつも、音像はよりモダンで立体的になっており、「The Band の中で最もガース色の濃いアルバム」と評されることもあります[4]。

「Forbidden Fruit」は、ファンキーでグルーヴィなバックに対して、ヘロイン依存の危険性を暗示するような歌詞が対照的に配置されたオープニング曲で、ロックとR&B、そしてThe Band 特有のアーシーな質感が混ざり合っています[2]。
一方、「It Makes No Difference」はリック・ダンコの痛切なボーカルと、泣きのサックス、オルガンが絡み合う壮大なバラードで、失恋と喪失感をテーマにしながら、アルバム中でも最も感情の振幅が大きいナンバーとされています[5]。

「Ophelia」はブラスとピアノが跳ねるように絡む軽快なナンバーで、ニューオーリンズ的な香りを漂わせながらも、どこか哀愁を含んだ歌詞が印象的です[1]。
そしてアルバムのクライマックスとして語られることの多い「Acadian Driftwood」は、18世紀にアカディアから追放されたフランス系住民の歴史を描いた壮大な叙事詩で、複数のリードボーカルがパートを分け合うことで、追放された人々の集団的な声を表現しているかのような構成になっています[6]。

制作環境とエピソード

本作は、カリフォルニア州マリブに建設されたシャングリラ(Shangri-La)スタジオで録音されました。このスタジオは元々ボブ・ディランとThe Band のために造られた拠点であり、彼らは「自宅のような空間」で時間的制約に縛られずにレコーディングとミキシングに取り組むことができました[4]。
外部プロデューサーは置かず、バンド自身がセルフ・プロデュースの形で制作を進めたため、彼らのペースと感覚で音作りが煮詰められていったことが、作品のまとまりと独特の空気感に大きく寄与しています[1]。

レヴォン・ヘルムの回想録によると、ガース・ハドソンは24トラック環境を得たことで、1曲の中に半ダース近いキーボードトラックを重ねるようになり、その結果、以前のアルバムとは明らかに異なる、洗練されたサウンドが生まれたといいます[2]。
同時に、バンド内部ではハードなライフスタイルやツアー疲れ、対人関係のこじれなど、多くの問題が存在しており、そうした実生活の陰りが「Forbidden Fruit」や「It Makes No Difference」などの歌詞やムードにも反映されているとも指摘されています[3]。

また、「Acadian Driftwood」のように、歴史的テーマを扱いながらも、カナダ出身でありながらアメリカで活動する自分たちの「越境者としての感覚」や、居場所の複雑さが投影されていると読む批評もあります。
このあたりは、ロビー・ロバートソンの物語作家としての成熟と、The Band というユニットが抱えていた微妙な立ち位置が交差するポイントとして、後年の批評でしばしば取り上げられています[6]。

参加ミュージシャンとクレジット

基本的な演奏は、5人編成のThe Band によって完結しています。
主なクレジットは次の通りです[1]。

  • リック・ダンコ(Rick Danko):ベース、ギター、ヴァイオリン、ハーモニカ、ボーカル、ミキシング
  • レヴォン・ヘルム(Levon Helm):ドラムス、ギター、パーカッション、ボーカル
  • ガース・ハドソン(Garth Hudson):オルガン、各種キーボード、アコーディオン、サックス、シンセサイザー、ミキシング
  • リチャード・マニュエル(Richard Manuel):アコースティック/エレクトリック・ピアノ、キーボード、オルガン、クラビネット、ドラムス、パーカッション、ボーカル
  • ロビー・ロバートソン(Robbie Robertson):ギター、ピアノ、クラビネット、メロディカ、パーカッション、ミキシング

ゲスト・ミュージシャンとしては、「Acadian Driftwood」でカントリー/ブルーグラス系の名フィドラー、バイロン・バーライン(Byron Berline)がフィドルで参加しており、この曲のフォーキーでケルト的なニュアンスをいっそう際立たせています[1]。​
エンジニアとミキシングには、ロブ・フラボーニ(Rob Fraboni)やナット・ジェフリー(Nat Jeffrey)らが名を連ねており、シャングリラの音響環境を生かしたクリアかつ温かみのあるサウンドを作り上げました[4]。

トラック・リスト

Side 1

  1. 禁断の木の実(Forbidden Fruit) - 5:56
  2. 浮浪者のたまり場(Hobo Jungle) - 4:10
  3. オフェリア(Ophelia) - 3:29
  4. アケイディアの流木(Acadian Driftwood) - 6:41

Side 2

  1. ベルを鳴らして(Ring Your Bell) - 3:53
  2. 同じことさ!(It Makes No Difference) - 6:30
  3. ジュピターの谷(Jupiter Hollow) - 5:18
  4. おんぼろ人生(Rags and Bones) - 4:42

発表時の反響と特筆すべき点

『Northern Lights – Southern Cross』は1975年11月にリリースされ、アメリカのアルバムチャートでは最高26位に到達しましたが、初期2作のようなトップ10入りには届かず、商業的にはやや控えめな成功にとどまりました[7]。
シングルとしてカットされた「Ophelia」は、Billboard Hot 100で62位まで上昇し、アルバムからの代表曲の一つとして知られるようになります[1]。

しかし批評面では、当時から「ここ数作の中で最も充実した作品」とする声が多く、Rolling Stone は「フィールドゴールを決めた」と評して、The Band の創造性が再び高まったことを指摘しました[3]。
後年の再評価においても、本作は「初期3作に続く第四の柱」として、特に「It Makes No Difference」と「Acadian Driftwood」がバンドの歴史的名曲としてしばしば挙げられています[5]。

特筆すべきは、このアルバムが、5人のオリジナル・ラインナップによる最後の完全オリジナル・スタジオ作品である点です。
この後、The Band はツアーを続けながらも内部の亀裂が深まり、1976年の『The Last Waltz』へと流れ込んでいきますが、その直前に残された『Northern Lights – Southern Cross』には、まだバンドとしての魔法がはっきりと息づいており、「終幕直前の一瞬の輝き」として語られることも少なくありません[7]。

The Band のディスコグラフィ全体を眺めると、本作は初期の土臭いアンサンブルと、70年代半ばらしいスタジオ技術の導入がバランス良く同居した、きわめてユニークな位置にあるアルバムです。
LPレコードで通して聴くと、A面のファンキーさとB面の叙情・叙事性の対比がより際立ち、タイトルが示す「北」と「南」のイメージの交錯を、サウンドと物語の両面で味わうことができる作品だと言えると思います[2]。

Citations:
[1] https://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Lights_%E2%80%93_Southern_Cross
[2] https://www.udiscovermusic.com/stories/the-band-northern-lights-southern-cross-feature/
[3] https://blogcritics.org/music-review-the-band-northern-lights/
[4] https://newdirectionsinmusic.substack.com/p/the-garth-album-northern-lights-southern
[5] https://lhslance.org/2025/arts-entertainment/the-band-lives-on-fifty-years-later-a-review-of-northern-lights-southern-cross/
[6] https://greilmarcus.net/2014/09/11/the-band-northern-lights-southern-cross-0376/
[7] https://ultimateclassicrock.com/the-band-northern-lights-southern-cross/

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